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13 ボビーソクサー
しおりを挟むあれ以来ラナと母親の関係はなんとなくギクシャクしていた。
「なんか最近暗いよね、ラナ」
ランチの付け合せのレタスをつつきながらグレイスが言う。
「ちょっと母と喧嘩しちゃって」
「あ~。母親ってのは娘をイラつかせる講習会にでも通ってるのかってくらい腹立つ時があるよね」
「キャロラインのお母様でも?」
「そりゃそうよ。服から髪型からイチイチ文句つけてきて、どうして何でも自分の思い通りにしなきゃ気がすまないんだろう」
「わかる~。時代が変わってんのに自分の価値観を信じて微塵も疑ってないよね」
とグレイスが相槌を打つ。
「そうそう、今どき絹のストッキングなんて誰も履いてないっての!
ボビーソックスなんて不良が履くもんだとか言ってわけわかんない」
「そうそう生足なんか出すな、とかね」
それからしばらく4人はナウでヤングな少女達に人気の店『クラッタード』で最近イチオシのレースのついたボビーソックスとエナメルのストラップシューズの話で盛り上がった。
「で、なんでラナは喧嘩したの?」
「進路のことで」
「見合いでも勧められた?」
「そうじゃないけど、勝手に知り合いが支店長やってる銀行に就職できるように頼んでた」
「いいじゃない!銀行。何が不満なのよ」
とはグレイス。
「・・・私はもうちょっと勉強続けたいな、て思ってて」
「カレッジとか?」
「止めときなよ」
メグが間髪入れずに言った。
「カレッジなんか行ったって女学校教師が関の山じゃない。
見てみなよ、カトレアの先生達!
み~んな行き遅れのヒス女ばっかし!」
グレイスとキャロラインがクスクス笑う。
「・・・でも、なんか、まだ良くわかんないけど、違う可能性があるなら探してみたいなっていうか・・・」
「あのさ~」
メグが言う。
「確かにラナは成績優秀だけどさ、それはカトレアの中だけの話だよね?」
言われなくても分かっていたが、なんだか胸にズキッとくる。
「外の世界には本当に優秀な人がいくらでもいるんだよ」
メグの諭すような言い方に内心苛ついていると、グレイスが言った。
「ラナってちょっと『私は他の子とは違う』って思ってる感あるよね~」
するとメグとキャロラインもそうそうと相槌を打っている。
「なんか小難しい本読んでたり」
「ちょっと聞いたことないような言い回ししたりさ」
「古の賢人の引用とかね」
ラナは自分の顔が強張るのが分かった。
必死で口角を上げて、
「え~、そうかな~」
なんて笑って見せたりもした。
するとメグが、あーそうそう、と封筒を出してきてラナに、
「よろしく~」
と渡して来た。
「え、開封してないじゃん?」
「うーん、最近内容が面倒くさいから読まなくていいや。
返事もイイ感じに書いて出しといて」
と言ってきた。
「なんか~、勉強のこととか芸術作品のこととか書いてんだよね~」
メグはラナにではなく、グレイスとキャロラインに向かって話していた。
『どことなく合わないと感じていたじゃないの。
どうせ学園にいる間だけの関係だって。
だから、彼女達からそんな風に思われていたからって、傷つくことなんかないじゃない。
私が感じていた違和感を向こうも感じてたってだけよ。
お互い様ってことよ。
それなのに、どうして指が震えてしまうんだろう』
ラナは涙が出そうになるのを必死で堪えて手紙を受け取った。
午後の授業中、全く講義が頭に入らなかったラナは、こっそり手紙を開いてみた。
~君は恋い焦がれる輝ける場所にたどり着けないと思ってるのかも知れないけど、
君は君が気づいていないだけで、もう光の中にいるのかもしれないよ。
黄金色の光に照らされて輝いているのかも知れないよ。
自分じゃ気付けないってだけでさ~
ラナの目からポトリと涙が落ちた。
周りに気づかれないように急いで目を手の甲で拭った。
『テレンスなんかに慰められちゃいけないのに。
あんなクソ野郎になんか心動かされちゃいけないのに』
ラナはパティーの、あの絶望した顔を思い浮かべた。
親友をあんな目に遭わせたテレンスを絶対に許してはいけないのだ。
今でもラナは月に一度はパティーに返事の来ない手紙を出している。
励ます言葉は却って心理的負担を増すと聞いたので、努めて自分の現況だけを書き記していた。
しかし、それも部屋に閉じこもったパティーにとっては、必ずしも面白い話題ではないだろうと思い至り内容に苦慮するようになった。
ラナとて面白おかしい生活とはかけ離れた毎日を送っていたのだが、ただ普通に学校に行ったり友達と遊んだりという日常がパティーにとっては憎たらしいほど羨ましい事なのかもしれなかった。
そういうわけでここ一年ちょっとの間は町で見かけたオモシロカードや可愛い動物のカードに一言添えた物を出している。今や
『あなたを忘れていない』
という意思表示の為だけのように。
パティーからの返事は一切来ない。
それくらいパティーの傷は深いのだ。
だからラナは絶対に、絶対にテレンスを許すわけにはいかない。
それなのに、なんで、涙が止まってくれないんだろう。
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