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4 嫉妬

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 ニールはその後も何度かサフィニアを誘ってみたが、いつも戻って来るのは「お気遣いなく」の返事だけだった。

 科学系のレポートでは簡潔で論理的な文章を書くかと思えば、文学の時間には流麗で美しい言葉を操るサフィニアである。

『彼女からの手紙はどんなに胸を高鳴らせる文言が並んでいるのだろう』

 婚約が決まったばかりの頃のニールはそんなことを夢見ていたが、実際に届けられるのは断り方のバリエーションを考えるのさえ面倒と言わんばかりの判で押したような、

 「お気遣いなく」

 であった。

 あくまでも形式上の婚約者を貫こうとするサフィニアの態度にニールは腹が立っていた。

 今までの経緯を考えれば、サフィニアがニールを意地悪グループの一員としか思ってなくても不思議はないのだが、積極的な虐めに加担したわけでもないニールは傍観していただけの自分が何故こんなに冷たい態度を取られなければならないのか納得がいかなかった。

 そこでニールが今までのことを謝って、今後は仲良くしていきたいとでも言っていれば関係改善の余地はあったのかもしれない。

 しかしニールはどうして高貴な家柄の自分が成り上がり男爵の娘にへりくだる必要があるのだ、という気持ちを捨てきれなかった。

 自覚は無くとも、やはりニールもサフィニアを見下していたのだ。


 そんなわけでニールは相変わらずサフィニアに対する取り巻き達の悪口や嫌がらせを諌めることもせず曖昧な笑顔を浮かべているだけだったから、周囲はニールが容認していると思っていたし、サフィニアに至ってはそんなニールの行動をもはや見ようともしなかった。

家に帰れば母親が不機嫌な顔で、

「今に状況が好転すれば こんな馬鹿げた婚約は解消できるから、心配しなくても大丈夫よ」

 などと繰り返す。

「あなたにはもっと高貴な血を引く立派なお嬢さんを見つけてあげるから」

 そうだね、と母に微笑んで見せたニールは この結婚がダメにならないことを心から願った。



 そんな日々が続いていたある日、クラスでデイキャンプに行くことになった。
  郊外の湖でボートに乗ったり肉やら魚やらを焼いて食べたり、アイスクリームを舐めたりゲームをしたりして過ごすらしい。
 
 楽しみだとか何を着ていこうだとかキャッキャと盛り上がるご令嬢たちの一方で、サフィニアはいつもの最前列の席で真っ直ぐ前を向いて座っていた。


 当日サフィニアの姿はなかった。

 
「グルーミーさんは欠席ですかね」

 出席表にチェックした教師がそう言って、皆は馬車に分乗して目的地へと向かった。

「あの人 今頃 皆が来なくてアタフタしてるんじゃない?」

「集合場所変更したの教えなかったもんね~」


「可哀想~」


 クスクス笑うご令嬢たちを眺めながら、

『参加せずに済んで、むしろ清々してるんじゃないのかな』

 とニールは思った。


 綺麗な景色もボート遊びもサフィニアがいないと味気なかった。

 ニールはねだられて仕方なく同乗したボートを漕ぎながら、目の前のご令嬢がサフィニアだったらどんなに良かっただろうかと夢想した。




 学院に戻って解散してからも楽しかったキャンプの熱は収まらないようで、ニールは数人の取り巻きに誘われて気乗りはしなかったが人気のカフェにくり出した。

 氷の世界をコンセプトに、内装にクリスタルをふんだんに使用した話題のカフェは、これもグルーミー商会の出資によるものだが、ご令嬢達はそんなことは知らないようだった。

 今日のキャンプの何が楽しかった、とか、今度は皆で旅行したいわね、だとかご機嫌でお喋りに興じていたご令嬢の一人が急に声を潜めた。

「ねぇ、あれ、・・・アイツじゃない?」

 彼女の視線の先にはサフィニアがいた。

 見たことのない男とソファーに並んで座ってお茶を飲んでいた。

 いつも紺かグレーの上質だが地味な格好で通学してくるサフィニアがパステルカラーの可愛らしいドレスを着ている。
 髪もゆるくカールされていて、まさしく妖精のようだ。

「なにあの男、いかにも庶民って感じじゃない?」

「あら、 お似合いよ」

「形だけでも婚約がいる立場で不謹慎よ。
 身分が低い方は倫理観にも欠けていらっしゃるようね」

 ご令嬢方はサフィニアがニール以外の男性と一緒にいるのは、それはそれで気に入らないようだった。

「ほら、ニール様。あんな人のことなんかさっさと見切りをおつけになった方がよろしくてよ」

 ご令嬢達の悪口もニールの耳には届いていなかった。


 ただ呆然と見つめるニールの視線の先で、彼女は決して学校では見せない表情を、柔らかな微笑みを隣の男に向けた。

『あんな顔をするんだ』

 するとサフィニアがクセを直すような仕草で男の髪を撫で上げた。

 まるで聖母のような慈しみ溢れる微笑を湛えて。

 それを見た瞬間、ニールは目の前が赤く染まる思いがした。

 頭の芯のところがカッと熱くなるような感覚に襲われた。
 
  いつも一人ぼっちのサフィニアに、学校の外では普通に友達がいて、ニールの知らない交友関係があったとしても不思議はない。
 
 だけどニールは自分の知らないところでサフィニアが幸せそうに、楽しそうに笑っているのが我慢ならなかった。

 自分を否定された気がした。

 

 
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