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しおりを挟むリベルの歌声は評判を呼び、場末の掘っ立て小屋は連日満員となった。
お忍びで観に来たラウィーニア侯爵家の面々も、本来の目的はすっかり忘れてリベルの歌声に心酔した。
当のリベルはそんな状況にも特に何の感慨も無いらしく、一応笑顔でファンから受け取った花束に、
「どうせなら何か食えるもんくれればいいのに」
などと悪態をついた。
そうこうしている内にまた国立芸術劇場のマネージャーが交渉にやって来たが、今度は別の男性を一人伴っていた。
公演終了後、嫌そうに鼻の上にシワを寄せたリベルがダラダラと楽屋に入って来た。
そしてマネージャーの隣にいる男性を見るなり表情を変えてそのまま回れ右して出ていこうとした。
「アンジェリカ!」
叫んだ男性は飛びかかるようにリベルの腕を掴んだ。
「離せよ!!」
リベルはジタバタと激しく身を捩って抵抗し、男性をポカスカ殴りながら逃げようと藻掻いた。
男性はリベルをギュッと抱きしめて、
「無事だったか、無事だったか」
と涙を流している。
そんな様子をラピスとオットー、カロリナがポカン顔で眺めている。
推察するに男性はリベルの保護者かなんかなんだろうが、それにしてもリベルの親にしちゃあ身なりから言っても立派な紳士のようだ。
言っちゃ何だが、行儀の悪いリベルと紳士が結びつかない。
するとそこへ舞台監督のコッパーが入って来た。
そして男性を見るなり、
「えっ?ルチアーノ・ボーナムカンタス??」
と素っ頓狂な声を上げた。
は?誰?とキョロキョロするラピス達。
ルチアーノと呼ばれた男性はリベルが逃げないように羽交い絞めにしたまま、顔だけコッパーに向けて、
「娘がお世話になりまして」
と言った。
「娘~~~?!」
一人ビックリするコッパー。
何がなんだがサッパリなラピス一同。
事務所兼楽屋のどっかから拾って来たみたいな破れたソファに腰掛けた面々。
「こちらは世界的に有名なテノール歌手ルチアーノ・ボーナムカンタスさんですよ」
コッパーが紹介するとルチアーノはちょっと恥ずかしそうに、それほどでも、と謙遜して見せた。
カロリナはラピスと「私達はちっとも知らなかったけどね」とコソコソやった。
「えっと、で、その有名歌手の方がリベルのお父様だと?」
確認するように質問したラピスは答えを待たずに、
「道理で歌が上手いと思ったわ」
と一人勝手に得心した。
ルチアーノの隣でしかめっ面をしているリベルは、
「一緒に帰ろう。アンジェリカ」
と言うルチアーノに、
「はあ?あんなクソみたいな場所に二度と戻るか!」
と悪態をついた。
どうやらリベルは本名はアンジェリカで、世界的テノール歌手の父親を持つが、クソみたいな場所が嫌で家出して来たらしい。
「どっからどう見てもアンジェリカってガラじゃないですよね?」
コソコソ言うカロリナを肘でつつきながらラピスは今までに得た情報を頭の中で整理した。
「私が悪かった!」
ルチアーノは涙ながらにリベルに謝った。
「私が公演旅行で留守がちにしていたためにアンジェリカがどんな目に遭っているか知らなかったんだ」
リベルは隣の父親を見ようともせずにフン!!っと一言発した。
「履く靴も無ければ下着の替えも無い状態だった時に色々買ってくれたのがこのオッサンなんだよ」
リベルはコッパーを指差した。
「アンタが私の保護者で責任があるってんならさ、この人に金払えよ。
アンタが私にできることは金を払うことくらいだよ」
「それはご親切にしていただいて感謝申し上げます」
世界的テノール歌手に御礼を言われたコッパーは恐縮して、
「さすが血は争えませんな。
お嬢様の歌声はまさに天使です。
私はこのような天才に巡り会えたことを神に感謝しているくらいです」
とわけのわからん返答をした。
するとリベルが、
「はあ?!こんな奴父親じゃないし!!」
と即座に噛みついた。
「そんな風に言うもんじゃないわ」
ラピスが窘めると、
「関係無い奴は黙ってろ!」
するとカロリナが、
「あんたねえ!」
と立ち上がってリベルの髪に掴みかかる。
もう、わけわからん。
「私は絶対にここにいるんだからね!!」
リベルは立ち上がって出ていった。
「お願い」
ラピスがカロリナに目で訴えると、カロリナは一つ溜息をついてリベルを追って出ていった。
「大丈夫でしょうか?」
不安そうに娘が出ていった扉を見遣るルチアーノに、
「あれで二人は仲良しなんですよ」
と微笑んで見せたラピスはオットー、コッパーと共にルチアーノから事情を聞くことにした。
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