101回目の婚約破棄

猫枕

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 テレンパレンとやる気なさそうに歩いて来たリベルが舞台に上がった。

「この音出して」

 コッパーが鍵盤を押さえるとリベルが面倒くさそうにアーと声を出す。

「これは?」

「これは?」

「次はこれは?」

 コッパーが指示する音をリベルは正確に発声していく。

「・・・3オクターブも出るのか・・・」

 驚愕しているコッパーの前でリベルは大あくびをしている。

「何か歌えるか?知ってる曲があるか?」

「私、靴がボロボロで穴空いちゃってんだよねー」

 リベルが底の剥がれた靴をワニみたいにパカパカやって見せる。

「上手な歌きかせてくれたら靴買ってやるぞ」

 するとさっきまでガラスに向かってポーズを取ったり前髪を直したりするのに余念のなかったルカスが、

「ボクも靴買って欲しい」

 とコッパーにすり寄ってくる。

「オマエは黙ってろ!」

 コッパーはリベルに期待を込めた眼差しを向けた。

 リベルは鼻に横皺を寄せてハァ~と1回盛大にため息をついてから、突然アマリッリ♪ミア ベッラ~♪と、さっきまでの邪悪なクソガキとは思えない繊細かつ力強い美声を轟かせた。

 一同びっくりである。

 その清らかな美声に歌が終わった後もしばらく誰も口が利けないほどであった。

「・・・き、君は・・・何処かで音楽を専門に学んでいたのか?」

「は?そんなわけないじゃん!」

「だ、だけど今の歌は・・・」

「誰かが歌ってるの聞いただけだよ。
 それよりオッサン。約束だからね、ク・ツ!」

 リベルはコッパーの二の腕にぶら下がるようにしがみついてグングン引っ張っていく。

「稽古が終わってから」

「夜になったら店閉まっちゃうじゃん。
 大人はすぐ嘘つくからな」

「嘘じゃないよ。わかったよ、分かったから」

「それにそのボロピアノ音狂ってるから直した方がいいよ!」

 そうやってコッパーは引き摺られるようにリベルに連行された。


 

 「素晴らしい歌でしたわね」

 カロリナが夢見心地で呟いた。

 本当に、とラピスと二人で感心しているとインサニアが面白くなさそうに鼻を鳴らした。

「だけどあの子、今夜寝る場所があるのかしら?」

「まさかラピス様、あの子を家に連れて帰るつもりじゃないでしょうね?」

「だってあの様子じゃ家があるようには見えないわ。野宿なんかさせて何かあったら困るじゃないの」

「あんな子家に入れたら翌朝目覚めた時には何もかも無くなってますよ?
 それこそパンツ一枚残らないですから!」

 大袈裟ね~と笑うラピスを横目で睨みながらカロリナはリベルの帰りを待つというラピスに仕方なく付き合うことにした。

 オットーの指導の下で発声練習やらダンベル体操やら間の取り方の練習をしていると3時間程経ってリベルとコッパーが戻ってきた。

 大荷物を抱えている。

 リベルは靴だけでなく色んな物をコッパーに買わせていたが、恐ろしいことにコッパーはすっかりリベルに心酔している様子だった。

「アナタ今夜は泊まるとこあるの?」

 優しく問いかけたラピスにリベルは野良猫みたいな顔で、えっ?と聞き返した。

「行く所が無いなら狭いけど家に来たら?」

 するとリベルはコッパーに買ってもらった品々の入った大きな袋を守備するようにバッ!と覆いかぶさった。 

「アンタねぇ!盗らないわよ!!」

 カロリナが怒鳴りつけてラピスはきょとんとしている。

『まったく!この方を誰だと思ってんのよ!!
 ラウィーニア候爵家のお嬢様なんだからねっっ!!!

 ・・・・元だけど』

 カロリナは喉まで出かかった言葉をぐっと飲み込んで、

「ほんっと!いけすかないわ~!」

 とリベルを睨みつけた。

 リベルがカロリナにべ~っと舌を出して見せたのを合図に二人は舞台上で追いかけっこを始めた。

 観客席の端ではコッパーとオットーが、

「これはトンデモない逸材かも知れない」

「スターの素質があるな?」

「いや、大スターだ」

 などとヒソヒソやっていた。

 結局リベルはインサニアと共に元ストリッパー達の寮に住むことになったが、オットーがヨハネスの旦那に話をつけて部屋を整えるまではラピスとカロリナの家に居候することになった。
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