101回目の婚約破棄

猫枕

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「こんのクソガキが!自警団に突き出してくれるわ!」

 パン屋のおじさんが真っ赤な顔で怒鳴りながら少女を羽交い締めにしている。
 少女はジタバタと暴れながら離せ離せ!と叫んでいる。

 万屋での勤務を終えて稽古場へ行こうとしていたラピスとカロリンは夕方の商店街でこの騒ぎに出くわした。

「パン屋のオジサマごきげんよう」

 ラピスが挨拶したが、少女に手を噛みつかれそうになっているパン屋の主人はそれどころではない。

「オマエ!昨日も一昨日もパン盗みやがって!今日という今日は絶対に許さないからな!牢屋にぶち込んでやるぅ!」

 
「ねぇカロリン、なんとかしてあげられない?」

 ラピスはお金のことに疎いので全ての収支はカロリンが管理している。もちろんラピスの家族から託されたヘソクリも。

「また、そんな甘いこと言って。
 ドロボーは罪ですよ。助けてやったって本人の為にはなりませんから」

「だけど、まだ子供よ。お腹が空いて仕方なくやったのかも。
 牢屋に入れられるなんて可哀想よ」

「・・・・・」

 カロリンは昔ラピスに助けてもらったことを思い出した。


 

 カロリンはパン屋の主人に代金と迷惑料を払うことで手打ちにしてもらった。

 パン屋は「お優しいことで!」と嫌味を言い、自警団は不良のガキに甘い顔するとつけあがるぜ、と言いながらも面倒臭い後処理から解放されてホッとした顔でドヤドヤと去って行った。

「お腹が空いてるの?」

 ラピスの問いかけに少女は返事をしない。
 そのくせに今からそこの食堂で夕飯を食べると言うと後ろから着いてきた。

 少女はパンとシチューとチキンティッカを貪るように食べた。

「あんたさぁ、お礼くらい言えないの?」

 カロリンが呆れて言うと、少女は大きな琥珀色の目でキッと見据えて、

「こんなんで私に恩を売ったつもりになんないでね!」

 と生意気なことを言った。

 思わずゲンコツを食らわそうとするカロリンを止めてラピスは言った。

「名前、なんていうの?」

「・・・」

「言わないなら自警団に引き渡すわよ!どうせ家出娘でしょ?とっとと田舎にお帰りなさいな」

「ちょっとカロリン、そんな言い方しなくても」

「・・・リベル・・・」

「何歳なの?」

「・・・14」



 ラピスとカロリンはとりあえずリベルを連れて稽古場に行った。

 終わるまで待つように言うと、大人しく客席に座っていたリベルは、よほど疲れていたと見えて、いつの間にかすっかり寝入っていた。
 



 一同は旗揚げ公演の為に短編劇を一つとレビューをすることになった。
 出資者であるヨハネスの旦那の手前(本当の出資者はユリアヌスだが)、オットーはどうしてもラピスを主役にしなければいけなかったが、インサニアが納得しない。

 そこで元踊り子のインサニアにレビューで花を持たせることで、どうにか彼女のご機嫌を保つことができた。

 今は昔と雖もかつては名を馳せた有名踊り子のインサニアは近くで見ると少々くたびれてはいるが、相変わらずのスタイルの良さと動きのキレをキープしていて素晴らしいダンスを披露してくれた。

 しかし、いかんせん歌がヒドイ。

 スタイルの良さと化粧で遠目には年を誤魔化せそうだが、その調子っ外れな裏返った声はオバサンそのものだった。

 「違う違う違う!」

 コッパーがピアノで音を取ってインサニアに発声させるが上手く声が出ない。

 「ちょっとカロリンちゃん歌ってみて」

 コッパーがカロリンに振ったのは、ラピスが音痴なことを既に知っていたからだ。


♪・・・わ・・私~は羽ばたく~♪は、ね~を広げて・・

 カロリンは恥ずかしそうに遠慮がちに小さく歌った。

「うん、音程は合ってんだけどさ、声量が全然足りないよ」


 すると突如として劇場全体に素晴らしい歌声が響き渡った。

 皆が驚き客席を見ると、椅子に座ったままのリベルがたった今聴いたばかりの曲を口ずさんでいる。
 決して声を張り上げて一生懸命歌っている、という感じではない。
 極自然に、まるで鼻歌でも歌うみたいな気楽な様子で歌っているのだが、とにかく上手いのだ。


 「君は誰なんだね?」

 コッパーもオットーも驚いてリベルを見ている。

「ちょっとこっちへ来て、ちゃんと立って歌ってごらん」

「え?なんで?」

 リベルは大人相手に相変わらずの生意気な態度だったが、

「田舎に帰らなくて済むかもよ?」

 というカロリンの言葉に反応して、面倒臭そうに舞台に上がって来た。

 

 


 




 
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