101回目の婚約破棄

猫枕

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「劇団をプレゼントしようかと思って」
 
 黄昏ていく窓の外を眺めながらユリアヌスは呟いた。

「はあ?ご乱心ですか?」

 従者ヨハネスは呆れ顔でまじまじとユリアヌスを見た。

「劇団?国家予算で?」

「ち、違うよ。
 そんな大袈裟なものじゃなくてさ、町の小さな劇団だよ。
 私のポケットマネーで買えるくらいの」

 「・・・で?公演の度に売れ残りのチケット買い占めるんですか?」

「・・・・・」

「そんなことしたら、益々結婚の可能性が遠ざかるんじゃないですか?
 ここは『お前には才能が無い』ってことを早々に認識させて、さっさと俺んちに嫁に来い、ってのが最良の筋書きでしょうが」

「・・・でも、いつも明るい彼女が、

『いつになったら演劇で生きていけるのかしら・・・・』

 って店の裏で空き瓶を片付けながら溜息混じりに呟いていたんだ。

 あの健気な顔を見てたら、どうにかして願いを叶えてやりたいって思うだろう?」

「どうせお祈りみたいに手を組んで空を見上げてたんでしょう?」

「なんでわかるんだ?」

「それ、呟き、じゃなくてセリフだから。
 『夢を叶える為に苦悩する私』

 になりきってるだけだから」

「そうなのか?
 でもな、彼女が喜ぶ顔が見たいんだ。
 舞台で輝く姿に拍手を送りたいんだ」

「・・・・まあ、真面目一方で何の楽しみもなく生きてきた若の恋を応援したいのは山々なんですがね。

 でも、自分の力でなんとかしようとしているラエティティア様改めラピス様がポーンと劇団をプレゼントされて素直に受け取りますかね?」

「ダメなのか?」

「あのタイプはダメでしょうね」

「どうすればいい?」

 その夜ユリアヌスとヨハネスは遅くまで盃を傾けながら作戦会議をした。



    
 呑み屋が軒を連ねる場末感満載の路地にその小屋はあった。

 オーナーのオットーは昼間っから酒を呷って赤ら顔で管を巻いていた。

「場末の~、ストリップ小屋だって馬鹿にしてんだろう?ヒック…」

「いえ、そんな」

 ヨハネスは愛想笑いを浮かべる。

「ワシだってな~、バンクォーやったんだ!!おーりつげきじょーでな!」

「本当ですか?」

「嘘じゃねーぞ…ヒック。マクベスにはなれなかったけどな!」

「ホンモノの役者さんだったんですね?」

「なんだよ、ニセモノだってのか?
 ワシはな、ホンモノの演劇っちゅーものを庶民にも見せてやろうと思ってな、ここに小屋を建てたんだ」

「なるほど」

「でもな、ここいらの連中に芸術は理解できんのよ。
 馬鹿ばーっかり!アホばーっかり!」

 通りがかりの男が、

「何だクソ親父!やんのかコラ!」

 と拳を見せる。

 まあ、まあ、と宥めるヨハネスにオットーはハハと笑う。

「ここの奴等は女の裸見て喜ぶのが関の山だな!
 でもそれも終わりだ!」

「と言いますと?」


「もう、閉めて田舎に帰るんだよ」

 オットーは寂しそうに笑った。

「従業員なんかはどうなさるんですか?」

「従業員ったって皆辞めちゃって残ってるのはインサニア一人だけさ」

 そう言って顎をしゃくったオットーの視線の先に女が暇そうにアクビをしている。

 確かに美人ではあるが、かなりくたびれている。

「あんなオバサンの裸見たって仕方ないだろ?」

 いえ、まあ、とヨハネスが言葉を濁す。

「もう、借金が嵩んで首が回らねぇとこまできてんのハハ。
 もうね、飲まずにいられないってねハハッ」

「オットーさん、借金を帳消にした上で演劇を続ける方法があるとしたらどうです?」

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