101回目の婚約破棄

猫枕

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 「お前のような悪辣な女を愛することなどできるものか!

 誰がこんな罪深い女と結婚なんかするものか!!

 誰にも助けを求めることもできない孤独の中で、とくと己が罪と向き合うがよい!!」


「そ、そんな、どうかお慈悲を・・・。

 私はアナタ無しでは生きていけない!
 ・・・私にはアナタが全てなのに・・・」

 
男は美しい女が自分の足元にひれ伏し涙を流しながら懇願する姿に満足したように冷ややかな笑みを浮かべた。


 「今更どんなに後悔しようと遅い。

 お前は一生私の幻影に追い縋って涙を流し続けるがよい。

 早くこの者を牢に連行するのだ!」


 男は泣き崩れる女を見下ろして満足気に冷たく言い放った。




 




「ハーイ!お疲れ様で~す!」


「いや~緊張したよ~。ちょっとセリフ間違えちゃった」

 
「いえいえ、とても初めてとは思えない素晴らしい演技力でしたよ」

「そうかい?
 
    でも、主役になれるってのは気持ちの良いもんだね。

 スカッとした~」



「はい。ではコチラにサインお願いします。料金は50000ペクーニアです」


「はい、これね。あと、これはチップ。皆でご飯でも食べて」


「ありがとうございます!」


「少々宣伝させていただいてもよろしいでしょうか?

 ご好評いただいております『婚約破棄』に加えまして最近人気なのが『初恋の君との再会』と『幼馴染みにマウント取ったろ!』それに『契約結婚~君を愛することは無い~』です」

「へぇ~面白そうだね」


「あとご婦人に人気の『姑に一泡吹かせる』もございます」

「やめてよ~。絶対女房に勧めないでよ~」

「一応パンフレット差し上げますので、宜しかったらお友達にも宣伝してくださいね。

 是非、またのご利用をお待ちしております」

「今日は楽しかったよ、ありがとう。

 また、店の方にも寄らせてもらうから」

「ご利用ありがとうございました!」






 先ほど婚約破棄された女の名前はラピス・ルーチェンス。もっとも本人が勝手にそう名乗っているだけでホントの名前はラエティティア・ラウィーニアという。

 22才の元侯爵令嬢だが、勘当されて今は下町のボロアパートで暮らしている。

 それが勘当された一因でもあるのだが演劇にのめり込んだラピスは貧乏劇団『烏合の衆』を主宰している。

 いつか王立劇場の舞台を踏むのが彼女の夢だが、端的に言ってそんな未来は程遠い。

 ラピスは公演の赤字を埋めるために劇団員たちと一緒に居酒屋バスラルをやっている。

 それでもカツカツの現状はなかなか変えられず、新たな資金源を確保しようと始めたのが依頼者参加型の出張演劇、というわけだ。

 
「しっかし、なんでこう世の男どもは婚約破棄が好きなのかしら?

 芝居とは分かっていても、こう何度もされると落ち込むわ~」

 仕事終わりのアパートでラピスは部屋着に着替えながら同居人のカロリナに愚痴をこぼす。

「ラピス様、お金の為です」

「様はヤメテって言ってるでしょカロリナ」

カロリナはラピスの元メイドだ。

 ラピスが家を追い出される時に当然の様についてきた21才で、現在は劇団員として主に娘役を担当している。

「え~と、正確に数えたわけではありませんが優に80回は超えていると思われます」

 しっかり者のカロリナが手帳を広げて淡々と言う。

「一昨年から出張演劇始めてから、ほぼ毎週婚約破棄されてるもんね~。

 今回なんて牢屋送りまでされちゃった~」

 ラピスがハハハと笑う。

「今年中に100回の大台も夢じゃありませんね!」

「なんで嬉しそうなのよ」

「来週は初夜に『お前を愛することは無い』と言われて絶望する王妃様のオーダーが入ってます!」


「だから、なんで目が輝いてんのよ~」


「思い返せば幼少の頃から芝居に魅せられたお嬢様には無理矢理付き合わされて散々苦労させられましたから」


「そんなことないでしょ?」


「犬だの猫だのはマシな方で、意地悪な継母になってお嬢様を箒で叩けだの、煙突掃除屋になって高い所に登れだの、無理難題を押しつけられてきましたからねぇ」

「ハハハ・・・でも、カロリナだって楽しんでたでしょ?」
 
 「たしかに。今じゃすっかり私も沼の住民ですわね」

 二人は思い出話と将来の夢の話で盛り上がり、話疲れて幸福な顔で眠りについた。

 










 

 


 



 
 
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