良いものは全部ヒトのもの

猫枕

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  ミリアムは王都から持ってきた最新のドレスをロザリンに試着させる。
 本当は明日のロザリンの誕生日会でプレゼントとして渡すつもりだったのだが事情が変わったんだから仕方ない。
 はしゃぎまくるロザリンを鏡台の前に座らせて髪を整えてやる。
 
ロザリンの目を盗んで窓を開ける。風がボワンとカーテンを膨らませたと同時に部屋の灯りが消える(消したのはミリアム)。
 
キャッ!とロザリンが驚いた瞬間にカーテンが開いて腰高の窓辺に片膝を抱えて座る男がロザリンに不敵な笑みを投げかける。
 
フットライトだけの薄暗い部屋にミリアムの掲げたランプの明かりで浮かび上がったのは、細身のタキシードに黒いマントを羽織ったパトリック。

 日に焼けた肌はファンデーションで色白に仕上げられ、いくぶん切れ長に見えるように目尻にアイラインが入っている。
 もとが良いので予想以上のイケメン仕上りだ。

「美しい姫」

 パトリックに手を取られたロザリンが掃き出し窓からバルコニーに出ていく。

 眼下の芝生にはコップに入った揺らめくキャンドルたちに形どられた

      LOVE

 の文字が浮かんでいる。

 ぼぉーっと夢見心地のロザリンを眺めながらミリアムは思う。

『・・・LOVEって・・・このセンス!断じて私のじゃないからねっ。』

 ロザリンにどんな男性にときめくのか?と質問したところ、迷宮ラビリンスの魔王!と答えた。
 

 シルクハットを被る被らないで揉め、じゃあ角つけるか、で揉め、漸くマントとメイクだけは譲歩したパトリックだった。

 パトリックは片手でロザリンを抱えてもう片方の手でロープを掴むと、ひょいと欄干に飛び乗ってスルスルーと下に降りていく。
 いくらロザリンが小柄だとはいえ、成人女性を片手に抱いて、滑車とはいえ危なげなく降りていくなんて、なんたる身体能力!

 これがロベルトやグリッターなら大惨事だわ!

 おもわず感心して見いってしまったミリアムはイケナイ イケナイ、まだやることあるんだった、と慌てて階下に降りた。

 ミリアムは薔薇の良い匂いがするお香を炊いて扇子であおぐ。

 すると植え込みに隠れていたメイドが蓄音機を鳴らす。

 見つめ合いワルツを踊る二人を満月が照らしている。

 予定通りならば今頃パトリックが

「満月の下でワルツを踊った二人は欠けることのない永遠の愛で結ばれるという言い伝えがあるんだ」

 とか言っているはずだが。

 もちろん、そんな言い伝えなんかない。


 さてさてクライマックスだ。

「いーなー。私もこういうのやりたい」

 背後でロザリンのお母様が呟く。

「えー?私が魔王様やるのぉ?」

とはロザリンのお父様。

「私は騎士様がいいな。悪者に絡まれてるところを助けてくれるの」

 「ほほーぅ。颯爽と現れた私が伝説の剣で悪者達をたちどころに成敗してだなあ、君を抱き抱えてヒラリと白馬に跨がって」

「ペガサスがいい~。そして大空を散歩するの」

 このイマジネーションのベタさは紛れもなく親子だわ、とミリアムは思った。     

「ほらほら最後の花火ですよ」

盛り上がる二人を促して池の畔に移動。

 ここはドカンと打ち上げ花火といきたいところだが、予算の都合上そうもいかない。
 それでも池の端から端まで設置したナイアガラ花火が水面へと流れ落ちる様は圧巻であり、ロザリンとパトリックだけでなく使用人に至るまでハーパー家の全員が楽しんだ。

 そしてナイアガラ花火が終わったとき、消えずに残った炎がハートを形どる趣向になっていた。

・・・・ハートって・・・。

 ちなみにここでパトリックは

「僕の燃える心を受け取って」

と言うことになっている。

 どうしてもそのセリフを捩じ込んだのはおじ様である。


 ロザリンが喜んでくれるなら それでいいんだ。
 
 かくして若干不本意ながらも

   「ロザリンをときめかせ隊」

 は任務を終えたのである。


 翌日の誕生日会ではロザリンはパトリックに終始メロメロだった。

 
「ロザリンがマリッジブルーでトキメキを求めている。作戦を考えるからロザリンにバレないように来て」

 というミリアムの手紙に飛んできたパトリック。ロザリンに気づかれずに準備するには皆の協力が不可欠だった。

 「もうね、恥ずかしいし緊張するし大変だったよー」

 パトリックはペンギンみたいに手をばたつかせた。

「美しい姫、の次何にも言わないから」
 
「セリフ忘れちゃったんだよ。
 でも今回はミリアムのお陰で助かったよ。
 女の子の気持ちなんか分かんないからさ、普通に仲良くしてればいいと思ってたんだよね。
 これからもロマンチックの心を忘れずにロザリンから愛してもらえるように努力するから」

 パトリックは、結婚式には必ず来てね、と笑って領地に戻って行った。

 やれやれだぜ。

 





 
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