32 / 42
32
しおりを挟むミリアムは王都から持ってきた最新のドレスをロザリンに試着させる。
本当は明日のロザリンの誕生日会でプレゼントとして渡すつもりだったのだが事情が変わったんだから仕方ない。
はしゃぎまくるロザリンを鏡台の前に座らせて髪を整えてやる。
ロザリンの目を盗んで窓を開ける。風がボワンとカーテンを膨らませたと同時に部屋の灯りが消える(消したのはミリアム)。
キャッ!とロザリンが驚いた瞬間にカーテンが開いて腰高の窓辺に片膝を抱えて座る男がロザリンに不敵な笑みを投げかける。
フットライトだけの薄暗い部屋にミリアムの掲げたランプの明かりで浮かび上がったのは、細身のタキシードに黒いマントを羽織ったパトリック。
日に焼けた肌はファンデーションで色白に仕上げられ、いくぶん切れ長に見えるように目尻にアイラインが入っている。
基が良いので予想以上のイケメン仕上りだ。
「美しい姫」
パトリックに手を取られたロザリンが掃き出し窓からバルコニーに出ていく。
眼下の芝生にはコップに入った揺らめくキャンドルたちに形どられた
LOVE
の文字が浮かんでいる。
ぼぉーっと夢見心地のロザリンを眺めながらミリアムは思う。
『・・・LOVEって・・・このセンス!断じて私のじゃないからねっ。』
ロザリンにどんな男性にときめくのか?と質問したところ、迷宮の魔王!と答えた。
シルクハットを被る被らないで揉め、じゃあ角つけるか、で揉め、漸くマントとメイクだけは譲歩したパトリックだった。
パトリックは片手でロザリンを抱えてもう片方の手でロープを掴むと、ひょいと欄干に飛び乗ってスルスルーと下に降りていく。
いくらロザリンが小柄だとはいえ、成人女性を片手に抱いて、滑車とはいえ危なげなく降りていくなんて、なんたる身体能力!
これがロベルトやグリッターなら大惨事だわ!
おもわず感心して見いってしまったミリアムはイケナイ イケナイ、まだやることあるんだった、と慌てて階下に降りた。
ミリアムは薔薇の良い匂いがするお香を炊いて扇子であおぐ。
すると植え込みに隠れていたメイドが蓄音機を鳴らす。
見つめ合いワルツを踊る二人を満月が照らしている。
予定通りならば今頃パトリックが
「満月の下でワルツを踊った二人は欠けることのない永遠の愛で結ばれるという言い伝えがあるんだ」
とか言っているはずだが。
もちろん、そんな言い伝えなんかない。
さてさてクライマックスだ。
「いーなー。私もこういうのやりたい」
背後でロザリンのお母様が呟く。
「えー?私が魔王様やるのぉ?」
とはロザリンのお父様。
「私は騎士様がいいな。悪者に絡まれてるところを助けてくれるの」
「ほほーぅ。颯爽と現れた私が伝説の剣で悪者達をたちどころに成敗してだなあ、君を抱き抱えてヒラリと白馬に跨がって」
「ペガサスがいい~。そして大空を散歩するの」
このイマジネーションのベタさは紛れもなく親子だわ、とミリアムは思った。
「ほらほら最後の花火ですよ」
盛り上がる二人を促して池の畔に移動。
ここはドカンと打ち上げ花火といきたいところだが、予算の都合上そうもいかない。
それでも池の端から端まで設置したナイアガラ花火が水面へと流れ落ちる様は圧巻であり、ロザリンとパトリックだけでなく使用人に至るまでハーパー家の全員が楽しんだ。
そしてナイアガラ花火が終わったとき、消えずに残った炎がハートを形どる趣向になっていた。
・・・・ハートって・・・。
ちなみにここでパトリックは
「僕の燃える心を受け取って」
と言うことになっている。
どうしてもそのセリフを捩じ込んだのはおじ様である。
ロザリンが喜んでくれるなら それでいいんだ。
かくして若干不本意ながらも
「ロザリンをときめかせ隊」
は任務を終えたのである。
翌日の誕生日会ではロザリンはパトリックに終始メロメロだった。
「ロザリンがマリッジブルーでトキメキを求めている。作戦を考えるからロザリンにバレないように来て」
というミリアムの手紙に飛んできたパトリック。ロザリンに気づかれずに準備するには皆の協力が不可欠だった。
「もうね、恥ずかしいし緊張するし大変だったよー」
パトリックはペンギンみたいに手をばたつかせた。
「美しい姫、の次何にも言わないから」
「セリフ忘れちゃったんだよ。
でも今回はミリアムのお陰で助かったよ。
女の子の気持ちなんか分かんないからさ、普通に仲良くしてればいいと思ってたんだよね。
これからもロマンチックの心を忘れずにロザリンから愛してもらえるように努力するから」
パトリックは、結婚式には必ず来てね、と笑って領地に戻って行った。
やれやれだぜ。
45
お気に入りに追加
864
あなたにおすすめの小説
私達、政略結婚ですから。
黎
恋愛
オルヒデーエは、来月ザイデルバスト王子との結婚を控えていた。しかし2年前に王宮に来て以来、王子とはろくに会わず話もしない。一方で1年前現れたレディ・トゥルペは、王子に指輪を贈られ、二人きりで会ってもいる。王子に自分達の関係性を問いただすも「政略結婚だが」と知らん顔、レディ・トゥルペも、オルヒデーエに向かって「政略結婚ですから」としたり顔。半年前からは、レディ・トゥルペに数々の嫌がらせをしたという噂まで流れていた。
それが罪状として読み上げられる中、オルヒデーエは王子との数少ない思い出を振り返り、その処断を待つ。
ある王国の王室の物語
朝山みどり
恋愛
平和が続くある王国の一室で婚約者破棄を宣言された少女がいた。カップを持ったまま下を向いて無言の彼女を国王夫妻、侯爵夫妻、王太子、異母妹がじっと見つめた。
顔をあげた彼女はカップを皿に置くと、レモンパイに手を伸ばすと皿に取った。
それから
「承知しました」とだけ言った。
ゆっくりレモンパイを食べるとお茶のおかわりを注ぐように侍女に合図をした。
それからバウンドケーキに手を伸ばした。
カクヨムで公開したものに手を入れたものです。
当て馬令息の婚約者になったので美味しいお菓子を食べながら聖女との恋を応援しようと思います!
朱音ゆうひ
恋愛
「わたくし、当て馬令息の婚約者では?」
伯爵令嬢コーデリアは家同士が決めた婚約者ジャスティンと出会った瞬間、前世の記憶を思い出した。
ここは小説に出てくる世界で、当て馬令息ジャスティンは聖女に片思いするキャラ。婚約者に遠慮してアプローチできないまま失恋する優しいお兄様系キャラで、前世での推しだったのだ。
「わたくし、ジャスティン様の恋を応援しますわ」
推しの幸せが自分の幸せ! あとお菓子が美味しい!
特に小説では出番がなく悪役令嬢でもなんでもない脇役以前のモブキャラ(?)コーデリアは、全力でジャスティンを応援することにした!
※ゆるゆるほんわかハートフルラブコメ。
サブキャラに軽く百合カップルが出てきたりします
他サイトにも掲載しています( https://ncode.syosetu.com/n5753hy/ )
婚約破棄された令嬢が呆然としてる間に、周囲の人達が王子を論破してくれました
マーサ
恋愛
国王在位15年を祝うパーティの場で、第1王子であるアルベールから婚約破棄を宣告された侯爵令嬢オルタンス。
真意を問いただそうとした瞬間、隣国の王太子や第2王子、学友たちまでアルベールに反論し始め、オルタンスが一言も話さないまま事態は収束に向かっていく…。
お姉様のお下がりはもう結構です。
ぽんぽこ@書籍発売中!!
恋愛
侯爵令嬢であるシャーロットには、双子の姉がいた。
慎ましやかなシャーロットとは違い、姉のアンジェリカは気に入ったモノは手に入れないと気が済まない強欲な性格の持ち主。気に入った男は家に囲い込み、毎日のように遊び呆けていた。
「王子と婚約したし、飼っていた男たちはもう要らないわ。だからシャーロットに譲ってあげる」
ある日シャーロットは、姉が屋敷で囲っていた四人の男たちを預かることになってしまう。
幼い頃から姉のお下がりをばかり受け取っていたシャーロットも、今回ばかりは怒りをあらわにする。
「お姉様、これはあんまりです!」
「これからわたくしは殿下の妻になるのよ? お古相手に構ってなんかいられないわよ」
ただでさえ今の侯爵家は経営難で家計は火の車。当主である父は姉を溺愛していて話を聞かず、シャーロットの味方になってくれる人間はいない。
しかも譲られた男たちの中にはシャーロットが一目惚れした人物もいて……。
「お前には従うが、心まで許すつもりはない」
しかしその人物であるリオンは家族を人質に取られ、侯爵家の一員であるシャーロットに激しい嫌悪感を示す。
だが姉とは正反対に真面目な彼女の生き方を見て、リオンの態度は次第に軟化していき……?
表紙:ノーコピーライトガール様より
公爵令嬢エイプリルは嘘がお嫌い〜断罪を告げてきた王太子様の嘘を暴いて差し上げましょう〜
星井柚乃(旧名:星里有乃)
恋愛
「公爵令嬢エイプリル・カコクセナイト、今日をもって婚約は破棄、魔女裁判の刑に処す!」
「ふっ……わたくし、嘘は嫌いですの。虚言症の馬鹿な異母妹と、婚約者のクズに振り回される毎日で気が狂いそうだったのは事実ですが。それも今日でおしまい、エイプリル・フールの嘘は午前中まで……」
公爵令嬢エイプリル・カコセクナイトは、新年度の初日に行われたパーティーで婚約者のフェナス王太子から断罪を言い渡される。迫り来る魔女裁判に恐怖で震えているのかと思われていたエイプリルだったが、フェナス王太子こそが嘘をついているとパーティー会場で告発し始めた。
* エイプリルフールを題材にした作品です。更新期間は2023年04月01日・02日の二日間を予定しております。
* この作品は小説家になろうさんとアルファポリスさんに投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる