良いものは全部ヒトのもの

猫枕

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 いよいよ最西端のロザリンの地元にやって来た。
 ここでパトリックとはお別れだ。
 仕事があるので自分の領地に帰るという。


「君が来てくれて本当に良かったよ。楽しかったし、勉強にもなった。
 これからもロザリン共々良い友達でいてくれ!」

 差し出してきた手を取るとミリアムが今迄接してきた貴族の男性達とは異なるゴツゴツとした労働者のような感触だった。
 しっかりと握手を交わした。

『しかし、なんて裏の無い爽やかな男なんだろう』

 ミリアムはこんな誠実な男と人生を共にするロザリンを羨ましく思った。


 ロザリンの領地は港を保有していたが、お洒落な港町というよりは漁港だった。

「まあ、主な産業は漁業と農業よね。
 海産物は美味しいんだけど輸送の過程で腐っちゃうから夏場は缶詰めとか干物とか塩漬けくらいにしかできないじゃない?
 まあ、田舎だし特筆するようなものは何にもないけどゆっくりしていってよ」

 ロザリンは『大した所じゃない』ようなことを言ったがとんでもない。
 急峻な岩場や西の海に沈む太陽など自然の景観の素晴らしさにミリアムはたちまち心を奪われた。
 
 ミリアムは今までの旅程を思い出しながらメモを参考に約束の紀行文をまとめた。
 そして行く先々で買った絵葉書や写真集、画集などを参考資料として同封し新聞社へ送った。

 ミリアムはロザリンに連れられて色んな場所に行ったり珍しいものを食べたりした。

 干潮時に現れる岩礁に渡って牡蠣やトコブシを採ったりもした。採ったばかりの牡蠣をその場で海水で洗って食べた美味しさは忘れられない思い出の味となった。

「ロザリン、誘ってくれて本当にありがとう。
 こんなに美しい場所があるなんて一生知らずに終わるところだったわ」

「大袈裟ねー」

「最近、自分の将来に迷ってたのよね」

「私だって迷ってるわよ」

「え?あんな素敵な人と結婚するのに?」

「・・・パトリックのことは好きだけど、幼い頃からずっと彼以外と付き合ったことないから、なんかこう、恋愛小説みたいな恋がしてみたいなーっていう」


「・・・気持ちはわかるけど」

「そういう話がしたくてミリアムのこと誘ったってのもある。
 ミリアムは新しい出逢いとかないの?
 卒業パーティーにプラント様と来たじゃない?もうビックリしたわよ。あの後どうなったの?」

「・・・実は結婚を申し込まれたんだけど私には過ぎたお相手だからお断りしたの」

「なんで?!私ね、あの時の二人が目に焼き付いてて、なんていうか私には一生縁の無いキラキラした世界っていうか、羨ましくて・・・」

 ミリアムはロベルトは良い人だけど所謂フィーリングが合わないという話を卒業パーティーでの『へなちょこファイト』エピソードを交えてロザリンに聞かせた。

 ロザリンは涙を浮かべて笑った。

「数少ない男性としか話をしたことない私が言うのもなんだけど、パトリック様はかなりの優良物件よ」

 ミリアムはクロードやグリッターを思い浮かべた。

「そうかな~?」

「何日も行動を共にしたけど、嫌なところがちっともなかった」

「トキメキが足りないのよね」

 この人は『普通でマトモ』なことがどれ程稀有で尊いことか分かっていないのだ。
 ミリアムはクロードやグリッター、ロベルトを思い浮かべながら言った。

「トキメキたいなら自分から仕掛ければいいじゃないよ!」

「え~?私がときめかせるの?私サービスするより して欲しい派なんだけどな」

 きっとロザリンは王都から遠く離れた辺境の地で友達の延長みたいな彼氏と半年後には結婚して穏やかだけど変化の無い生活を送っていくことに、いくばくかの『青春の心残り』があるのだろう。

「あのね、友達として言わせてもらう。
 アンタくだらないドキドキと引き換えにパトリック様を失うことになったら一生後悔するから」
 
 数日一緒にいただけでもパトリックがいかにロザリンを愛しているかは伝わり過ぎるほどであった。
 
 実体験はないけれど創作の中では何組もカップル成立させてきたマダム・シャノアールだ。
 ここは道を踏み外そうとしている友の為にも一肌脱ごうじゃないか!

 自分の恋愛には一歩踏み出す勇気がないのに他人のことには張り切るミリアムだった。


 


 
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