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しおりを挟む「ミリアムの気が進まないのなら無理に結婚する必要なんてないよ」
ある日の夕食でミリアムの父ナサニエル・ロイドが暢気に言った。
「え?でも、家の後継問題とかどうするんですか?」
「そんなの親戚から養子とって継いでもらうとか、どうとでもなるでしょ、ね、ナタリー?」
「そうよ、家のことなんて考えないで好きなことしてればいいのよ」
母ナタリーは蟹をほじくるのに夢中で皿から目を離すことなくそう言った。
「え?そうなの?」
ミリアムは気が抜けたようになった。
「あれ?食べないの?蟹ミソ。要らないならお母様に頂戴」
家の存続より蟹ミソらしい。
「そもそも貴族制度だっていつまで続くか分かんないわよ?」
他人に聞かれたら不味いような発言もケロっとしている。
ミリアムはこの母とよく似た容貌をしている。
意思の強そうな少々エラの張った輪郭にちょっと吊り気味なエキゾチックな大きな黒い目に大きめの口。
鼻の形だけは文句なく美しい。
そして艶やかな黒髪は真っ直ぐでサラサラしている。
ミリアムはこの母譲りの黒髪を気に入っていたが、クロードは色素の薄いフワフワの巻き毛がお好みのようで、
「ウチのじいさんが絵 描くときに使ってる刷毛みたいだなぁ」
と会うたび馬鹿にしてきた。
ミリアムは見た目は母ナタリーと似ているのだが、決定的に違うところがあった。
ナタリーには圧倒的にヒトを惹き付ける魅力があるのだ。
ナタリーは所謂文化人だ。
学生時代に美術史を専攻した彼女は王立美術館の学芸員になると次々に画期的な展覧会を企画し話題をさらった。
その時に販売した図版が評判を呼び、美術に関する書籍を何冊も出版するようになった。
国の内外で催される文化交流イベントにかり出され、大学で講義を行うこともある。
そんなナタリーとお近づきになりたい人は男女問わず沢山いるので、社交の場に降り立てばたちまち人垣ができる。
そんな輪の中心でナタリーはキラキラ輝く目と話術で周囲の人々を虜にしてしまう。
当時、社交界きっての美男子と評判だった父ナサニエルはナタリーを拝み倒して妻にしたのだという。
こうしてミリアムが誕生したわけだが、彼女は父親の美貌も母親のカリスマ性も受け継ぐことはなく、決して美しいとは言えないアヴァンギャルドな母のルックスと面白味のない凡庸な父の性格を受け継いで、少々困難な青春を生きているのだった。
「まあ、今はああ言ってるけど、あと何年かしたらまた結婚結婚騒ぎ出す可能性はあるから安心はできないけど、とりあえず暫くはのんびりやれそうね」
自室に戻ったミリアムはベッドに寝そべって考える。
「好きなことねぇ。・・・・私って何が好きなんだろう」
勉強はどの教科も押し並べて好成績だが、学年で一番というわけではない。
運動も何の種目でもそこそここなすが、代表選手になれるほどではない。
楽器の演奏は、まあ!お上手ね、と言われるレベルでプロを目指せるほどではない。
絵のコンクールは佳作どまり。
ついでに言うとクジ引きも参加賞。
謂わずもがなだけど、ハンサムな男の子に告白される、なんてのも無い。
大体のことを平均以上にこなせはするが、どれ一つとって突出したものは無い。
つまり誰の記憶にも残らない、記憶に残るのはエラだけ、そんな人だ。
ミリアムは起き上がるとハーっと溜め息をついた。
「成績なんか悪くったって、音楽も美術も下手くそだって、それと引き換えに誰からも愛される美貌が手に入るなら、その方がずっといいわ」
ミリアムは身に沁みて知っていた。
ブスは男の子達からだけでなく、それ以上に女の子達から冷遇されることを。
ミリアムは勉強もできるし家は金持ちだし母親は有名人なので、色々と利用価値のある少女ではある。
しかし学校の一軍の華やかな女の子たちはミリアムを都合良く利用こそすれ決して友達扱いすることはない。
女の子にとって、誰と一緒にいるのか、は即ち「自分がどのレベルの女か」を示す指標なのだ。
だから彼女達はミリアムにノートを借りたり、試験のヤマを張ってもらったり、コネを使ってコンサートのチケットを取ってもらったりはするが、決して放課後のカフェやホームパーティーに誘うことはしないのだった。
ミリアムも自分に対する周囲の扱いについて、思うところが無いわけではなかったが、齢17にして既に人生諦めモードだったし、だからこそ数少ない友人とだけ真の友情を育んでいければ良いと思っていた。
「あーあ、考えるだけ無駄だわ」
そう独り呟いてふて寝するミリアムだった。
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