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しおりを挟むサマラス伯爵家で度々セレネの幽霊が目撃されるようになった。
ある時は後片付けも終わって最後の調理人が帰ろうとした夜の厨房で、
「お腹空いた~・・・・。
私は硬いパンと薄いスープだけ・・・。
お肉が食べたかった~・・・・
シクシクシクシク・・・・・」
「うわーっ!ゴメンナサイ、ゴメンナサイ!!
私は奥様とカサンドラお嬢様のお言いつけを守っただけで・・・
許してください!!」
ある時は深夜の廊下で、
「お母様の指輪はどこ?
お母様の真珠のネックレスはどこ~?
ブルートパーズのブローチも無いのよ~。
シクシクシクシクシクシク・・・」
夜中に見回りをしていた警備係は腰を抜かしてへたり込んだ。
次々と暇を申し出る使用人が相継いだ。
しかし幽霊を目撃するのは決まって使用人達だけ、家族の前には現れない。
だから伯爵夫人であるセレネの継母メラニアは伝え聞く噂話に気味の悪さを感じつつも、ハッキリと信じることもできずにイライラを使用人達にぶつけて怒鳴り散らした。
「幽霊がなんだって言うのよ?!
ただそこに恨みがましく突っ立っているだけなんでしょう?
くだらないこと言ってないで自分の仕事を全うしなさいよ!!
この役立たずが!!」
この高圧的でヒステリックな夫人を前にして、古参の使用人達は前伯爵夫人、セレネの母であるダフネのことを懐かしく思い出した。
そして今更ながら現夫人母娘に加担してセレネに辛く当たったことを後悔した。
学校ではパトリシアに次いでペンで脅かされたメアリーも欠席が続いていた。
次第に元気を失くしていく取り巻き達の中でカサンドラは一人虚勢を張って、
「幽霊なんて存在しない」
と言ったかと思うと、
「アイツは死んでも臆病だから、私の前には出てこれないのよ!」
などと言って見せたりもした。
「そ~んなに言うならご登場してやりましょうか?」
とゼファーが言って、
「でも、一気にはいかないから。
ジワジワ~といきまっせ!」
と笑った。
夕食後、一人自分の部屋に戻ったカサンドラは宿題でもするのだろうか机に向かった。
ノートに何か書き連ねていたカサンドラが不意に視線を落とす。
机の横に誰かが蹲っている。
ずぶ濡れの白いドレスに長い髪。
丸く膝を抱え込むようにしているので顔は見えないが、間違い無くセレネ。
カサンドラは息を呑む。
驚きのあまり声も出ない。
しばらくの間を置いて、カサンドラが震える声でセレネを罵り始めた。
「なんなのよ?・・・アンタ一体何のつもりよ・・・・」
セレネは姿勢を変えない。
「言いたいことがあるならハッキリ言えばいいでしょ!!」
カサンドラは立ち上がると花瓶を掴んでセレネに投げつけた。
その瞬間セレネの姿は跡形もなく消え去った。
「あぶねー!!
なんだよあの女!!」
「ナイス瞬発力!」
鏡の向こうでは砕け散った花瓶の破片が床に散乱していて、カサンドラはそれを呆然と見つめていた。
「しばらくの間、毎晩黙って蹲ろうぜ」
「地味に嫌でしょうね」
二人はへへへと笑い合う。
そして鏡のチャンネルは王宮へと切り替わった。
「これ、町で人気のパティスリーのケーキよ」
どうやら王様一家は今から食後の家族団欒ティータイムのようだ。
セレネにとって、肖像画でしか見たことのなかった雲上の人達だったが、こうして毎日のようにゼファーの解説付きで日常生活を覗き見していると、段々親戚のような親しみを覚えてくるから不思議だ。
「王族だからって特別待遇無しなのよ。
これ手に入れるのに2ヶ月も前から予約したのよ~。苦労したわ~」
家族のどれにしようかな~なんて楽しそうな声が聞こえてくる。
鏡を見ながらゼファーが毒を吐く。
「な~にが苦労したわ~だよ。
命令するだけで自分じゃなんにもしないくせに。
クソ王妃が!」
「・・・・・ゼファー様って、王妃様に恨みでもあるんですか?」
「・・・・俺の女だったんだよ!!」
「・・・・・」
聞かなかったことにしよう・・・。
セレネは誤魔化すように鏡の向こうを見つめて、
「わ~、あのケーキ美味しそう!!
流石は王都一の人気店ね!」
と大袈裟に燥いだ声を出した。
するとゼファーが一瞬で消えて手にケーキが盛られたスタンドを持って現れた。
鏡の向こうから子供の泣き叫ぶ声が聞こえてくる。
「・・・・ゼファー様、返してきてください」
「ヤダよ」
「返しなさい」
「・・・せっかくオマエの為に取ってきたのに」
ゼファーが仔犬みたいな目で訴えてくるのをセレネが無言で首を横に振って拒絶する。
「チェっ!良い子ぶりやがって」
するとゼファーが一瞬で消えてケーキは元の場所に戻った。
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