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しおりを挟む「き、君も行ったの?」
ラルスは探るようにコリーナに聞いた。
「ええ。なかなか面白いところだわよね?
あの子がどうしても私に牛丼を食べさせたいって言うから、仕方なくつきあったけど、たまにはああいう庶民的な店もいいわね」
「そ、そうだね」
ラルスは自分もまだ行ったことのない〝あっち〟に既にコリーナが行ったことにショックを受けた。
そして自分はまだ行ったことがない、という事実を打ち明けることができなかった。
「だけどさ、君はどうして向こうに?」
「リーヴィア達が、ほら、あのオタク小説」
「月光騎士団?」
「それ。それの作者に会いたいって泣いて頼むから仕方なく連れて行ってやったのよ。
ほら、うちの場合は国内の出版業界ぜ~んぶ牛耳ってるから。
それでお礼に月の雫のドロップ?なんかそんなヤツを食べさせられて、気がついたら、って感じ」
「へ、・・・へぇ~そうなんだ。
ち、ちなみにさ、そのドロップって持ってる?」
「あー、まあ、私は〝あっち〟なんて興味無いけど、たまに牛丼くらいなら食べに行ってもいいかな、って思って向こうでちょっと買ってきたわ。
とは言ってもこっちの小切手は通用しないからジャンが買ってくれたんだけどね」
「へ、へぇ~。今持ってたら1個くらいくれない?俺、丁度切らしちゃっててさ」
「いいけど」
コリーナはハンドバッグを開けてガサゴソした。
『よし!しっかりお小遣いを持って行けば、あとはあっちでドロップでも茹で卵でも好きなだけ買えばいいんだ!』
ラルスはワクワクしてドロップが出て来るのを待った。
「あれぇ?」
コリーナの声にイヤな予感がする。
「あ、ごめ~ん。バッグ変えたんだった」
土砂降りの中の捨て犬みたいな顔になっているラルス。
「リーヴィアからもらえば?」
「そうだよね」
しょんぼりしたラルスは乾いた笑いを発した。
その頃〝あっち〟では、秘伝のタレのレシピを盗もうとリーヴィアが牛丼屋でちょこまか働いていた。
「大将、早く牛丼の作り方教えてくださいよ」
「まだ早い。お前は掃除と皿洗いやっとけ」
なんのかんの言いながら真面目に働くリーヴィアを大将は便利に使っていた。
「職人の修行というものは一朝一夕でできるものではないんだ」
「ハイ!師匠!」
大将は雇われ店長で、特に料理の腕が良いわけでも飲食業界に従事することに誇りを持っているわけでもなかったが、リーヴィアから〝師匠〟呼びされて悪い気はしなかった。
実際はタレは本部から送られてくるので師匠が作っているわけではない。
まあ、どっかの工場で〝秘伝〟が継ぎ足し継ぎ足し受け継がれてはいるのであろうが。
そんな事実にリーヴィアが気付くのはもうちょっと後の話だ。
そんなわけでリーヴィアは〝こっち〟の世界にすっかり馴染みつつあり、なんならこのまま〝こっち〟に骨を埋めてもいいか、くらいの気持ちになっていた。
リーヴィアにとって20年前の姫様は赤の他人、現政権を倒して王家を復興するのなんのという話は彼女にとっては現実味をもたない、まさに他人事であった。
豊かに見えるこの国に問題があるようには思えなかった。
リーヴィアが元いた今となっては〝あっち〟になってしまった世界でも、身分制度は撤廃され王族も貴族もいなくなった。
今だになんとなくの階級差は残ってはいるものの、少なくとも表面上は平等の世の中になったのだ。
それは時代の要請に基づく自然な社会の流れの結果であり、多くの民衆の希望に沿ったより健全なシステムなのだろうとリーヴィアは理解していた。
だから、小説の中で悪役として描かれるマルム・マールムによる統治が実際の〝こっち〟の世界で問題なく機能しているのであれば、それはそれで良いのではないか。
リーヴィアはそう考えていた。
一族を壊滅させられたらしい、そう聞かされれば思うところが無いわけではない。
だからと言って仇討ちのようなことを始めれば少なからず民衆を巻き込んで紛争状態になるかも知れない。
報復は報復を呼び、憎しみは増幅されて終わりが無い。
リーヴィアはそんな事態を望んでいない。
「いらっしゃいませ。食券をお買い求めの上お好きなお席へどうぞ!」
リーヴィアの明るい声が店内に響いていた。
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