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「・・・そうだよね」
「・・・なぜそこに気が付かなかったんだろう?」
さっきまでのシリアスな空気を削がれて一同はなんとも気持ちの遣り場に困った。
特に団長は恥ずかしいような気分になっていて、そんな団長の気持ちをつぶさに感じ取ったゾーイが、
「じゃ、ドンコがさっさと向こうの世界に行って聞いて来いよ!」
とちょっと怒ったような声でぶっきらぼうに言った。
「ところがさ~。なかなか簡単には行かないんだよね。
向こうで眠ると間違いなくこっちに来れるんだけどさぁ、こっちから向こうに行く確実な方法が分かんなくて、今度いつ戻れるかわかんないんだよね~」
リーヴィアは誰にも勧めず自分一人だけ団子を食べながら他人事のように言った。
「じゃあ、ジャンとヴェリタスに頼むか」
「私達は私達で確実にこっちに来れるかどうかが分からないってのがあるんですけど」
「ふーむ。なかなか難しいな」
「まあ、あっちに戻れたらできる限りのことはしてみます」
ジャンが言った。
「ただ、〝月光騎士団〟の作者についてはどういう人物なのか公表されていないので面会するのは簡単ではないと思いますが」
それから一週間ほど経ったある日、久しぶりに爽快な目覚めをしたリーヴィアが早速〝こっちのヴェリタスとジャン〟と連絡を取ろうと意地悪姑に返してもらったお気に入りのチェックのワンピースに着替えて出かけようとしたところでラルスが入って来た。
「目が覚めたんだね」
心配と安心と嬉しさとが入り混じったようなラルスの眼差しに気づいているのかいないのか、リーヴィアはいつも通りに普通に挨拶した。
「あ、おはよう。行ってきます」
ラルスはそのまま出て行こうとするリーヴィアを
「え?え?ちょっとくらい話しようよ」
と慌てて引き止めた。
リーヴィアは、
「あ、そうそう。すっかり忘れてた。今度会えたら渡そうと思ってお土産持ってきてたんだ」
と明るく笑って、ワクワクと期待するラルスの前で愛用のショルダーバッグをまさぐって卵を一個取り出した。
「なに?これ」
渡された卵をマジマジと見つめるラルス。
「孔雀の茹で卵」
「?孔雀の?どうすんの?」
「食べんのよ」
食べる?ラルスの期待値が爆上がりした。
異界の食べ物、異界の食べ物。
「へ、へぇー。孔雀の卵って食べられるの?」
ラルスはわざと余裕ぶってそんな風に言ってみる。
ホントは一刻も早く食べたい。
「まあ、大体鳥ならオッケーじゃないの?」
リーヴィアは、私はウミガメの卵も食べたことあるけどね、と威張っている。
「毎月7のつく日に〝孔雀卵屋〟で買って、女神エストの神殿にお供えするのよ。
そんで、祈り終わったらそれを持って帰って食べる、って風習があるみたいでさ。
まあ、面白そうだから乗っとこうかな、と」
『女神の神殿で祈りを捧げた茹で卵なんて、めちゃくちゃ霊験あらたかなカンジするじゃないかっ!
まさに、女神のパワーが漲ってる感じするじゃないかっ!
あんなパコちゃんの飴なんかよりずっと効果が高いはず!』
ラルスは胸をときめかせながら、
「じゃ、せっかくだから味見させてもらうね。塩とかつけるのかなあ?」
とか言いながら緊張で震える指で卵を掴むと、机の角に打ち付けた。
ビバ!異界!
いざ行かん夢の国へ!
コン!と音がしたと同時にヒビの入った卵からドロドロと臭い液体が流れ出てきて床にポトポト滴っていった。
「うわっ!クッサーー!」
遠慮なく叫んだリーヴィアがゲラゲラ笑う傍らでラルスは気持ちの遣り場を失った。
「やっぱ一週間以上経ってるもんねー。そりゃあ腐るよねー」
うわっ、くっさー、とはしゃぎ喜ぶリーヴィアの横で、ラルスはそれでもなんとかこれを食べることはできないものかと危ない思考に陥っていた。
それくらいラルスにとって異界は、牛丼とやらは、憧れ渇望する存在になっていた。
ラルスはフラフラと机に近寄ると机に付着した黒い液体を人さし指で拭いとった。
そしてそれを口に入れようとしたところをリーヴィアから力ずくで阻止された。
「やめなよ!病気になるって!」
「嫌だ!離せ!」
揉み合う二人。
「絶対!絶対に食べるんだ~!」
「ヤメて!」
「食~わ~せ~ろ~~~!!」
異変に気づいて飛び込んできた使用人たちにラルスは押さえつけられ、卵の残骸は家政婦がハンカチで鼻を被いブツブツ文句を言いながら片付けた。
それでもラルスは指についた僅かな腐れ汁を舐め取ることに成功していた。
それは嘔吐を催す、今までに嗅いだことも味わったこともない強烈なものだったが、ラルスの表情は穏やかな笑みをたたえていた。
『これで俺も〝あっち〟にいけるはず。
女神エストのご利益が籠もった卵なんだもん。
きっと、あんな市販品のドロップなんかより効果が高いはず。
女神エストに選ばれて特別な恩寵を賜るかもしれない!
そうしたら俺、どうなっちゃうのかな?
〝この数千年の時を超えて待ちわびた真なる騎士よ。
そなたに特別な加護と力を与えん〟
とかなっちゃったらどっしよっかな~』
ニヤつくラルスを激しい腹痛が襲った。
その日ラルスはトイレの住人となり、眠ることも、当然〝あっちの世界〟に行くこともなかった。
「・・・なぜそこに気が付かなかったんだろう?」
さっきまでのシリアスな空気を削がれて一同はなんとも気持ちの遣り場に困った。
特に団長は恥ずかしいような気分になっていて、そんな団長の気持ちをつぶさに感じ取ったゾーイが、
「じゃ、ドンコがさっさと向こうの世界に行って聞いて来いよ!」
とちょっと怒ったような声でぶっきらぼうに言った。
「ところがさ~。なかなか簡単には行かないんだよね。
向こうで眠ると間違いなくこっちに来れるんだけどさぁ、こっちから向こうに行く確実な方法が分かんなくて、今度いつ戻れるかわかんないんだよね~」
リーヴィアは誰にも勧めず自分一人だけ団子を食べながら他人事のように言った。
「じゃあ、ジャンとヴェリタスに頼むか」
「私達は私達で確実にこっちに来れるかどうかが分からないってのがあるんですけど」
「ふーむ。なかなか難しいな」
「まあ、あっちに戻れたらできる限りのことはしてみます」
ジャンが言った。
「ただ、〝月光騎士団〟の作者についてはどういう人物なのか公表されていないので面会するのは簡単ではないと思いますが」
それから一週間ほど経ったある日、久しぶりに爽快な目覚めをしたリーヴィアが早速〝こっちのヴェリタスとジャン〟と連絡を取ろうと意地悪姑に返してもらったお気に入りのチェックのワンピースに着替えて出かけようとしたところでラルスが入って来た。
「目が覚めたんだね」
心配と安心と嬉しさとが入り混じったようなラルスの眼差しに気づいているのかいないのか、リーヴィアはいつも通りに普通に挨拶した。
「あ、おはよう。行ってきます」
ラルスはそのまま出て行こうとするリーヴィアを
「え?え?ちょっとくらい話しようよ」
と慌てて引き止めた。
リーヴィアは、
「あ、そうそう。すっかり忘れてた。今度会えたら渡そうと思ってお土産持ってきてたんだ」
と明るく笑って、ワクワクと期待するラルスの前で愛用のショルダーバッグをまさぐって卵を一個取り出した。
「なに?これ」
渡された卵をマジマジと見つめるラルス。
「孔雀の茹で卵」
「?孔雀の?どうすんの?」
「食べんのよ」
食べる?ラルスの期待値が爆上がりした。
異界の食べ物、異界の食べ物。
「へ、へぇー。孔雀の卵って食べられるの?」
ラルスはわざと余裕ぶってそんな風に言ってみる。
ホントは一刻も早く食べたい。
「まあ、大体鳥ならオッケーじゃないの?」
リーヴィアは、私はウミガメの卵も食べたことあるけどね、と威張っている。
「毎月7のつく日に〝孔雀卵屋〟で買って、女神エストの神殿にお供えするのよ。
そんで、祈り終わったらそれを持って帰って食べる、って風習があるみたいでさ。
まあ、面白そうだから乗っとこうかな、と」
『女神の神殿で祈りを捧げた茹で卵なんて、めちゃくちゃ霊験あらたかなカンジするじゃないかっ!
まさに、女神のパワーが漲ってる感じするじゃないかっ!
あんなパコちゃんの飴なんかよりずっと効果が高いはず!』
ラルスは胸をときめかせながら、
「じゃ、せっかくだから味見させてもらうね。塩とかつけるのかなあ?」
とか言いながら緊張で震える指で卵を掴むと、机の角に打ち付けた。
ビバ!異界!
いざ行かん夢の国へ!
コン!と音がしたと同時にヒビの入った卵からドロドロと臭い液体が流れ出てきて床にポトポト滴っていった。
「うわっ!クッサーー!」
遠慮なく叫んだリーヴィアがゲラゲラ笑う傍らでラルスは気持ちの遣り場を失った。
「やっぱ一週間以上経ってるもんねー。そりゃあ腐るよねー」
うわっ、くっさー、とはしゃぎ喜ぶリーヴィアの横で、ラルスはそれでもなんとかこれを食べることはできないものかと危ない思考に陥っていた。
それくらいラルスにとって異界は、牛丼とやらは、憧れ渇望する存在になっていた。
ラルスはフラフラと机に近寄ると机に付着した黒い液体を人さし指で拭いとった。
そしてそれを口に入れようとしたところをリーヴィアから力ずくで阻止された。
「やめなよ!病気になるって!」
「嫌だ!離せ!」
揉み合う二人。
「絶対!絶対に食べるんだ~!」
「ヤメて!」
「食~わ~せ~ろ~~~!!」
異変に気づいて飛び込んできた使用人たちにラルスは押さえつけられ、卵の残骸は家政婦がハンカチで鼻を被いブツブツ文句を言いながら片付けた。
それでもラルスは指についた僅かな腐れ汁を舐め取ることに成功していた。
それは嘔吐を催す、今までに嗅いだことも味わったこともない強烈なものだったが、ラルスの表情は穏やかな笑みをたたえていた。
『これで俺も〝あっち〟にいけるはず。
女神エストのご利益が籠もった卵なんだもん。
きっと、あんな市販品のドロップなんかより効果が高いはず。
女神エストに選ばれて特別な恩寵を賜るかもしれない!
そうしたら俺、どうなっちゃうのかな?
〝この数千年の時を超えて待ちわびた真なる騎士よ。
そなたに特別な加護と力を与えん〟
とかなっちゃったらどっしよっかな~』
ニヤつくラルスを激しい腹痛が襲った。
その日ラルスはトイレの住人となり、眠ることも、当然〝あっちの世界〟に行くこともなかった。
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