そして私は惰眠を貪る

猫枕

文字の大きさ
上 下
37 / 62

37

しおりを挟む

 あっちの物が持って来れるのなら、こっちの物を持って行くこともできるんじゃないだろうか?

 未だ目覚めないリーヴィアを見下ろしながはラルスはそんなことを考えた。

 目覚め無いリーヴィアの話を聞いた時のヴェリタスとジャンの表情には口にこそ出さないが絶望的な不安が浮かんでいた。

『そのまま目覚め無い期間が長くなっていくと、最終的にリーヴィアはそのままこの世の住人ではなくなってしまうのではないか?』

 そしてそれはそのままラルスの不安でもあった。

 なんの落ち度もないリーヴィアが将来の夢も希望も打ち砕かれて、外界とも遮断されて夢の世界に逃げ込むしかなかった。

 ラルスはただただひたすらに申し訳なかった。

 ラルスはショルダーバッグの中にお金を沢山入れた財布やハンカチ、ヘアーブラシや手鏡など思いつく物を入れた。

 あっちの世界で困窮せずに楽しく過ごして欲しい。

 何処かの国では死者が向こうの世界で困らないようにお金を一緒に埋葬する風習があるとラルスは聞いたことがあった。

 縁起でもない話ではあるが、ラルスはまるで死者を送り出す儀式のようにリーヴィアの眠り続ける体にショルダーバッグを掛けた。

 ブランケットをはいだり首の後ろに手を入れて体を浮かせたりしたのに、リーヴィアは一向に目覚めなかった。

 もし、ずっとこのままだったらどうしよう?

 俺はまだ一度もちゃんと謝ってすらいないのに。

 ラルスの目からポトリと涙が落ちた。




「今日は奢るわよ!」

 リーヴィアは団長とゾーイに偉そうに言った。

「どうしたんだ?」

「どうしたもこうしたも気がついたらいつの間にか愛用のショルダーバッグ持っててさ・・・ププッ・・・中にたんまりお金が入ってるのヨ!」

「・・・盗んだんじゃないだろうな?」

「そんなわけないじゃん!これ私の財布だし。
 でさ、不思議なことにちゃんとこの世界のお金になってんのよ!」

「この世界の金?何言ってんだ?」

「あーもー、コイツの言う事はちょくちょくおかしいから一々気にしなくていいの」

 それじゃ遠慮なく、と三人は人気牛丼店スッキーヤに行った。
 いつもは並を頼むゾーイは特盛にし、団長はチーズを増々にしてもらった。
 味噌汁も追加料金で豚汁に変更してもらってニコニコと食べ始めたところにイヤミがやって来た。

「あら~?みなさんお揃いで~。
 団長さーん。またチーズ牛丼ですか?

  こ~んにっちぎゅ~!!」

「オイ!表出ろ!」

 ゾーイが立ち上がるのを団長が制した。

「は~、野蛮な人間は嫌だねぇ~。すぐに暴力に訴えようとする」

 イヤミは高級スーツのシワを伸ばして当然のように隣に座って、

「国産黒毛牛の特上」

 カウンターの中の大将にカッコつけて言った。

「兄ちゃん、そこの券売機で食券かってくれっか?」

 すごすごと食券を買いに行ったイヤミはまたしても隣の席に戻ってきた。

「貴殿はもっと高級でオシャレな店でカフェランチでもしたらよかろう」

 団長の精一杯の嫌味に本家イヤミは更なる嫌味で返す。

「こうゆう庶民的な味がふと懐かしくなることがあるのさ。質の悪い油の匂いとかギドついた床とかさ」

「ププッ、床舐めるの?」

「ナイス突っ込み!」

 リーヴィアとゾーイがハイタッチすると眉を吊り上げたイヤミがリーヴィアを睨みつけた。

「席は他にも空いているのだからワザワザここに座らんでもよかろう」

 団長が疎んじるように言うとイヤミは、

「市井で不穏分子が良からぬ計画を立てていないか見張るのも仕事なもんでねぇ」

 と平気な顔をして、「やっぱり特上は違うわ~」と連発しながら食べ始めた。

 すっかり気分を削がれた三人はイヤミを無視して食べることにした。

「ところでオマエは何処に住んでるんだ?」

 団長がリーヴィアに尋ねる。

「あれ?そう言えば私、何処に住んでるんだろう?」

 団長とゾーイは不審な顔でリーヴィアを見た。

「なんかあっちこっちウロウロしてるうちに気がついたら元の世界に戻ってたりとかするからな~」

「大丈夫か?オマエ」

「でもコイツこの前居酒屋で確かに目の前で消えたよな」

「あれは俺たちが酔ってたんだろう?」

 団長とゾーイがコソコソ喋っていると、

「オマエって言わないでよね!私にはリーヴィア・リュネールってちゃんとした名前があるんだから!」

 と言うのをシッ!と団長が止めた。

「その名前をみだりに口にするな。
 トラブルに巻き込まれるぞ!」

「それって消えたお姫様とおんなじ名前ってホント?」

 二人は無言で頷いた。

「ねぇねぇ、私ってそのお姫様の生まれ変わりかなんかだったりしてぇ~」

 リーヴィアがへへへと笑うと、

「そんなわけあるか!ブス!」

 とイヤミが身を乗り出して来た。

 




 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私の入る余地なんてないことはわかってる。だけど……。

さくしゃ
恋愛
キャロルは知っていた。 許嫁であるリオンと、親友のサンが互いを想い合っていることを。 幼い頃からずっと想ってきたリオン、失いたくない大切な親友であるサン。キャロルは苦悩の末に、リオンへの想いを封じ、身を引くと決めていた——はずだった。 (ああ、もう、) やり過ごせると思ってた。でも、そんなことを言われたら。 (ずるいよ……) リオンはサンのことだけを見ていると思っていた。けれど——違った。 こんな私なんかのことを。 友情と恋情の狭間で揺れ動くキャロル、リオン、サンの想い。 彼らが最後に選ぶ答えとは——? ⚠️好みが非常に分かれる作品となっております。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

【完結】私の望み通り婚約を解消しようと言うけど、そもそも半年間も嫌だと言い続けたのは貴方でしょう?〜初恋は終わりました。

るんた
恋愛
「君の望み通り、君との婚約解消を受け入れるよ」  色とりどりの春の花が咲き誇る我が伯爵家の庭園で、沈痛な面持ちで目の前に座る男の言葉を、私は内心冷ややかに受け止める。  ……ほんとに屑だわ。 結果はうまくいかないけど、初恋と学園生活をそれなりに真面目にがんばる主人公のお話です。 彼はイケメンだけど、あれ?何か残念だな……。という感じを目指してます。そう思っていただけたら嬉しいです。 彼女視点(side A)と彼視点(side J)を交互にあげていきます。

〖完結〗旦那様が私を殺そうとしました。

藍川みいな
恋愛
私は今、この世でたった一人の愛する旦那様に殺されそうになっている。いや……もう私は殺されるだろう。 どうして、こんなことになってしまったんだろう……。 私はただ、旦那様を愛していただけなのに……。 そして私は旦那様の手で、首を絞められ意識を手放した…… はずだった。 目を覚ますと、何故か15歳の姿に戻っていた。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 全11話で完結になります。

【完結】婚約破棄寸前の悪役令嬢は7年前の姿をしている

五色ひわ
恋愛
 ドラード王国の第二王女、クラウディア・ドラードは正体不明の相手に襲撃されて子供の姿に変えられてしまった。何とか逃げのびたクラウディアは、年齢を偽って孤児院に隠れて暮らしている。  初めて経験する貧しい暮らしに疲れ果てた頃、目の前に現れたのは婚約破棄寸前の婚約者アルフレートだった。

口は禍の元・・・後悔する王様は王妃様を口説く

ひとみん
恋愛
王命で王太子アルヴィンとの結婚が決まってしまった美しいフィオナ。 逃走すら許さない周囲の鉄壁の護りに諦めた彼女は、偶然王太子の会話を聞いてしまう。 「跡継ぎができれば離縁してもかまわないだろう」「互いの不貞でも理由にすればいい」 誰がこんな奴とやってけるかっ!と怒り炸裂のフィオナ。子供が出来たら即離婚を胸に王太子に言い放った。 「必要最低限の夫婦生活で済ませたいと思います」 だが一目見てフィオナに惚れてしまったアルヴィン。 妻が初恋で絶対に別れたくない夫と、こんなクズ夫とすぐに別れたい妻とのすれ違いラブストーリー。 ご都合主義満載です!

嘘つきな私が貴方に贈らなかった言葉

海林檎
恋愛
※1月4日12時完結 全てが嘘でした。 貴方に嫌われる為に悪役をうって出ました。 婚約破棄できるように。 人ってやろうと思えば残酷になれるのですね。 貴方と仲のいいあの子にわざと肩をぶつけたり、教科書を隠したり、面と向かって文句を言ったり。 貴方とあの子の仲を取り持ったり···· 私に出来る事は貴方に新しい伴侶を作る事だけでした。

リリゼットの学園生活 〜 聖魔法?我が家では誰でも使えますよ?

あくの
ファンタジー
 15になって領地の修道院から王立ディアーヌ学園、通称『学園』に通うことになったリリゼット。 加護細工の家系のドルバック伯爵家の娘として他家の令嬢達と交流開始するも世間知らずのリリゼットは令嬢との会話についていけない。 また姉と婚約者の破天荒な行動からリリゼットも同じなのかと学園の男子生徒が近寄ってくる。 長女気質のダンテス公爵家の長女リーゼはそんなリリゼットの危うさを危惧しており…。 リリゼットは楽しい学園生活を全うできるのか?!

処理中です...