そして私は惰眠を貪る

猫枕

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「だから月光騎士団は月の女神エストに選ばれし7人の騎士が中心になって、悪の軍団マルム・マールムを成敗してこの世界に平和をもたらす物語なのよ!」

 大衆食堂ヨシノで団長に奢ってもらった丼飯をかっ込みながらリーヴィアは小説・月光騎士団のあらすじをかいつまんで説明していた。

「しっ!」

 団長はリーヴィアに声を落とすよう注意して、

「誰が聞いてるかわからないから。
 ・・・ここではマルム・マールムが中央政府として実権を握っている」 

「え?悪の組織が?」

「・・・さすがに今ではマルム・グロリアと組織名は改変されているがな」

「・・・中央政府・・・って、王政は?王家の人達はどうなったの?」

「・・・20年前にクーデターが起こった。
 月光騎士団は王家の人達を亡命させようとしたが、密通者によって阻止された」

「えっ?じゃあ、その密通者ってのが前に居酒屋で会ったイヤミ?」

「違うよ。ヤツにそんな度胸は無い。
それに20年前はヤツも子供だ」

「それもそうだよね。・・・で?
 王族の皆さんはどうなったの?」

「騎士団の主要メンバーもろとも殺害された」

「えっ?じゃあ、団長さんは?」

「・・・俺はその時のメンバーじゃない。・・・ってか、俺を何歳だと思ってんだよ。20年前はまだ子供だ」

「・・・・?どゆこと?」

「月光騎士団は20年前に壊滅したってことだよ」

「えっ?・・・嘘・・」
 
「俺は仲間を募って騎士団を再興したんだ」

「なんの為に?」

「憧れの団長の遺志をついで、あの時行方不明になった姫様を探し出してこの国をもう一度月の女神エストの加護の下に光溢れる平和な場所にするためにさ」

「へー」

「なんだよ」

「へー。なんか原作と全然違う」

「なんだよ原作って!」

「まーまー、落ち着いて。ってか、これ初めて食べたけど旨いね~」

「牛丼食ったこと無いのか?チーズのっけるともっと旨いんだ」

「チーズはさすがにクドいでしょう。
 これ、私の生きる世界には存在しないの残念だな。
 離婚したら慰謝料で牛丼屋始めよっかな~。儲かるだろうな」

「オマエの言う事は意味不明だが、頭の病気かなんかなのか?」

「失礼だなー。至って正常ですぅ。っつーか、この世界自体が私の頭の中」

「は?」






 その頃ヴァルノー家では昏々と眠り続けるリーヴィアを見つめるラルスの姿があった。

 ラルスが帰宅しリーヴィアの現状を知って3日経つが、一向にリーヴィアが目覚める気配は無い。

 契約に基づいて面白おかしく毎日を過ごしているとばかり思っていたリーヴィアがこんなことになっていたとは。

 ラルスは少しばかり自尊心が傷つけられたことに拘って現状を見ようともしなかった自分を恥じた。

 なぜリーヴィアが目覚めないのか、理由はわからなかったが、母親の仕打ちと無関係とは思えなかった。
 外出着や靴まで取り上げられて、家族や友達との連絡まで絶たれたリーヴィアが現実世界に絶望して精神的に追い詰められた結果がこれなのではないか?
 ラルスにはそうとしか思えなかった。

 ラルスはプライバシー侵害とは思いながらも机の引き出しを開けてみた。

 日記が出て来たので読んでみることにした。

 本来なら許される行為では無いのだが、リーヴィアの心情が記されているのなら理解して彼女を救う手がかりにしたいと思ったからだ。

 ラルスは日記の中身が自分並びにヴァルノー家に対する恨みつらみに埋め尽くされているかと思うと読む前から気が重かった。
 だが、予想に反して綴られていたのは生き生きとした別世界の話だった。

 さすがは美術大学を志望していたリーヴィアだけのことはあって、所々に描き込まれた挿絵は秀逸で、絵地図には彩色も施されており、見ていると実際にそこを歩いているような楽しい気分にさせられた。

 ラルスは日記に書かれたあれこれが軟禁状態のリーヴィアが暇に飽かせて書いた創作だと思った。

「可哀想に。俺たちのせいで意に沿わぬ結婚をさせられた挙げ句孤独に追いやられて、想像の中に遊ぶことしかできなかったんだな」

 ラルスは、ゴメンネ、と呟きながらスースーと気持ちよく寝息を立てて眠るリーヴィアの額にかかる髪をそっと撫で上げた。



 


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