そして私は惰眠を貪る

猫枕

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 学園の卒業式の翌日、ラルスの母ヨハンナの希望によりリーヴィアとラルスの結婚式は強引に挙行された。

 リーヴィアは卒業式の余韻にヴェリタスやジャンと共に浸り思い出話をする暇も与えられず、翌日の式の為にヴァルノー家に連行された。

 〝ラルスは男だから大した準備は無い〟らしく、彼は放課後元同級生たちと街に繰り出して独身最後の時間を楽しんだそうで、そのこともリーヴィアをイラつかせた。

 ラルスは結婚後も大学に行って、引き続き青春を謳歌するのだろうと思うと、余計にリーヴィアはイライラした。

 そして当日、憎々しいまでの青空の下リーヴィアはヨハンナが勝手に決めたメルヘンチックなウエディングドレスを着せられて、仏頂面で神に嘘の愛を誓った。

 この世の終わり、みたいな顔のリーヴィアにヨハンナは

「可愛いウエディングドレスだわ~。私が着たかったくらい!」

 と神経を逆なでする発言をかましてきた。

 リーヴィアは誰だか知らないお偉いさん達に愛想を振りまき、苦痛過ぎる数時間を過ごした。

 途中ヴェリタスとジャンも挨拶に来てくれたが、通夜のように深刻な顔をした二人の口から「おめでとう」が発せられることは無かった。 

 そして夜が来て、続く宴会の途中で慣例通りにリーヴィアとラルスは席を立つこととなった。
 新婚初夜だからだ。

 二人は契約に基づいて、良好な関係をアピールしつつ別々の部屋で休む予定だった。


 しかしラルスは事前に母親から念を押されていた。

「絶対にリーヴィアをものにしろ」

 と。

 もちろん意味がそうだというだけで、そこまで直接的な表現をしたわけではない。
 母親はいつものようにベチャベチャと甘ったるく纏わりつくようなしつこい言い方で強制した。

「リーヴィアちゃんだってこんなに素敵なラルスと結婚できて、本心は嬉しいに決まってるわよ~。
 素直になればいいのにねぇ?」

「約束が違います」

「何言ってるの~。結果的にリーヴィアちゃんがラルスに夢中になれば問題無いでしょ?
 向こうから『離婚なんてしたくない~』って泣きついてくるわよ」

 ヨハンナは、アナタの腕の見せどころ!とラルスの二の腕をパンパンした。

 いちいち人を苛つかせる女だ。

「そんなわけないでしょ。リーヴィアは俺を嫌ってる」

 するとヨハンナは鬼のような表情になって、

「多額の慰謝料を払うことになるのよ?!

 これだってアンタが余計なことをするから!!

 リーヴィアのこと好きなフリだけして結婚すれば良いだけのことだったのに!!

 自分のした事には責任取りなさい!!!」

 要は一刻も早く孕ませろということらしい。

 理不尽なことを言われているのは分かっている。

 怒鳴り散らして、全てを投げ出して何処かに逃げてしまいたくなる。

 だけど例え自分が出奔したところで、この蛇のように執念深い母親がリーヴィアを手放すわけはないのだ。

 癇癪を起こした子供のように目に涙まで浮かべて喚き散らす母親を前にして、ラルスは情けなくなった。


 子供の頃は確かに、こんな母を愛していたはずなのになぁ。


 結婚式の間、ラルスはチラチラと横目で隣に立つリーヴィアを見ながら考えていた。

 自分は何をするべきか。

 この耐え難い状況でどうにか形だけの新妻を演じているリーヴィアの頼りない細い首を見ていると、申し訳ないような泣きたいような気分になった。

 そんな時、ふとコリーナの見透かしたような言葉がラルスの脳内に降ってきた。

「あの子のこと、本当は気になってて仕方ないんでしょ?」

「素直になって、あの子に向き合えば?」

 幼い頃、リーヴィアと一緒にいるのは楽しかった。

 あの頃は確かに彼女のことが好きだった。

 だけど途中から冷たくして、疎遠になった。

 自分と結婚なんかしたら不幸になることが目に見えていたからなんとか回避したかった。

 だけど、それが全て徒労に終わって結局結婚式まで挙げてしまった。
 離婚前提の形式上の夫婦、という約束だが、あの母が簡単にリーヴィアを手放すわけがないのだ。

 それならば、いっそのこと伴侶として母からリーヴィアを守った方がいいのではないか。

 ラルスは決心していた。

 これからはリーヴィアを守り愛そうと。




 嵩張るドレスを脱ぎ捨てて、身軽になったリーヴィアは風呂でさっぱりして寝間着に着替えて寝る準備をしていた。

 そこへラルスが入って来た。

「え?なにか?」
 
 リーヴィアの眉間にシワが寄る。

「・・・結婚式も済んだことだし、俺達は夫婦になったんだよな」

「形式上ね」

「・・・俺、考えたんだけどさ、これからは、なんていうか、もう少し仲良くやっていけないかな?」

「・・・どういう意味?」

「・・・せっかく家族として一緒に住むんだしさ、いがみ合ってるのはお互い辛いだろ?」

「・・・まあ、そうかも」

「・・・俺達、子供の頃は仲良くやってただろ?
 色々あって、こんな風になっちゃったけどさ。
 虫が良すぎる話だけど、もしかしたら、また仲良くなれたりしないかな・・・って」

「・・・・でも、離婚を覆すつもりはないわ。
 貰った慰謝料で大学に行くんだから私」

 どんな手を使ってもあの母親はそれを阻止する。

 それが分かっているから、こんな状況でも将来に希望を持とうとするリーヴィアの姿にラルスの胸は痛んだ。

「うん。うん、分かってるよ。だけど三年あるから」

「最長ね。あくまでも最長三年」

「あ、うん。その三年の間、なるべく君には楽しく過ごして欲しいし。
その為には俺達も仲良くしてた方がいいと思うんだ」

「・・・そうかもね」

 ラルスがホッとしたように微笑んだ。

 ラルスはベッドに腰掛けてリーヴィアの肩を抱いた。  

 モテ男のラルスはこうすれば女の子がイチコロなのを経験的に知っていた。
 きっとリーヴィアもすぐに自分にメロメロになるはずだ。

 緊張で固くなるリーヴィアの髪を掻き上げながら、

「今まで冷たくしてゴメンネ。
 これからは君のこと大切にするって誓うから」

 そう甘く囁いたラルスがリーヴィアにキスをしようと顔を近づけた。

 ラルスのコロンの香りがフワっとリーヴィアの鼻を擽った瞬間。

 リーヴィアの脳裏に、あの地学資料室での光景が鮮やかに蘇った。

 裸で抱き合うラルスとコリーナ。

 激しくお互いに吸い付き合う軟体動物。

 ラルスの唇がリーヴィアの唇に触れた瞬間、激しい嘔吐感がリーヴィアを襲った。

 えろえろえろ、ぐっふぉっ、ブッシャーーー!!

 昼間ヤケ食いした御馳走たちが容赦なくラルスに降り注いだ。



 





 
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