そして私は惰眠を貪る

猫枕

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 協議のテーブルを囲んだのはヴァルノー家のフェリクス、ヨハンナ、ラルスの三人。
 リュネール家のダヴィッド、キアラ、リーヴィアの三人。
 そして証人ヴェリタスとヴェリタスの実家フォンヌ法律事務所から派遣された若き弁護士ピエール・モロー。

「ええと、本日はお忙しい中お集まり頂きまして。
 私はリーヴィア・リュネール嬢の代理人を務めさせていただきますピエール・モローと申します。

 本来我が弁護士事務所は企業案件専門で、こういった個人レベルのいざこざについてはいささか不慣れではございますが」

 そう挨拶をしてモローは単刀直入に切り出した。

「リーヴィア・リュネールさんとラルス・ヴァルノーさんの婚約について解消に向けて手続きをさせていただきます」

「なんですって!!」

 ヨハンナがいつものベチャベチャした可愛いぶりっ子の仮面をかなぐり捨ててリーヴィアを睨みつけた。

「去る3月22日午後4時20分頃。ラルス・ヴァルノーさんはトリニティ学園内の地学資料室にて同学園に在籍中の同級生C嬢と性的な関係に及んでいたところ、教材を取りに来たリーヴィア・リュネール嬢並びにヴェリタス・フォンヌ嬢に目撃されたということです」

「・・・それは、本当なの?」

 ヨハンナはラルスを睨んだ。

「本当です」

「二人は裸で抱き合って、お互いを食べているのかと思うほど、熱烈にキッスしていました!!」

 ヴェリタスが声を張り上げた。

「ラルス・ヴァルノーさんは婚約者がいるにも拘らず、これまでも散々と他の女生徒達と浮名を流し、リーヴィア嬢を蔑ろにしてきました。

 そして、挙句の果てがこの不貞行為です。

 リーヴィア嬢は多大なる精神的なショックを受けており、この婚約関係の続行はあり得ないものと考えています。

 また、ラルスさんが行ったことは一般的な社会通念としても十分婚約破棄の事由となりうるものです。

 よって当方は両者間の婚約の解消を求めます」

「納得いかないわ!!」

 ヨハンナが叫んだ。

「あなただってそうでしょ?キアラ!!」

 リーヴィアの母親が気まずそうな顔をした。

「将来、私達の子供同士を結婚させるって約束したわよね?!」

「・・・母さん、もう無理だよ。諦めて。
 悪い事をしたのは俺の方なんだからさ、これ以上無理強いはできないよ」

「アンタは黙ってて!!!」

「リーヴィア嬢がこの婚約の解消を望んでいます」

 弁護士は冷たく言い放った。

「嘘よね、リーヴィアちゃん。

 ラルスだってちょっとした遊びのつもりだったのよ。
 1回くらい赦してあげられないかしら?
 アナタそんなに度量の狭い子じゃないでしょ?」

「・・・嫌です。

 気持ち悪いです。

 あんな場面を見せられて、ラルスさんと結婚なんて絶対に無理です!」

 リーヴィアがきつい口調で答えると、ヨハンナは『この私に向かってなんて生意気なの!!』と言わんばかりの鬼の形相になってリーヴィアを睨みつけた後、

「だからバレないように遊べって言ったじゃない!」

 とラルスに当たった。

 オイオイおばさん、聞こえてますゼ。


「とにかく明らかに瑕疵があるのはそちらですから」

 感情のこもらない声でそう言った弁護士が卓上に書類を並べる。

「拒否したら?!

 拒否したらどうなるの?」

 ヨハンナが叫んだ。

「裁判しかないでしょうね」

 裁判と聞いたとたんダヴィッドの顔色が悪くなった。


 「もう挙式まで3ヶ月切ってるのよ?

 司式は大司教様にお願いしてるんだし、今更中止なんて、そんなことできるわけがないでしょう?」

 ヨハンナは取り繕うように猫撫声を出した。

「そうなるようなことをしたのは息子さんです」

「ねぇ、ダヴィッド、キアラ。
 国内外の有力者にも多数招待状を送ってるのよ。
 今更取りやめになれば準備に掛かった莫大な費用はアナタ達が払うのよね?!
 当然お祝い金も貰えないんだから全額アナタ達の負担よね?!」

 「・・・それは・・・」

 ダヴィッドが口籠っていると、

「ですから有責はそちら側です。リュネール家に費用の負担を強いるなどあり得ない事です。
 むしろ当方はリーヴィア嬢の精神的苦痛に対する慰謝料を請求する用意があります」

「だ・か・ら!!
 解消なんかしないって言ってるでしょう?

 こっちがしないって言ってるのをそっちの都合で止めるって言うのなら、当然費用は全額そっち持ちよね?!」

 こんな頭のおかしい理論を妻が展開している間もフェリクスは一言も発さない。

 彼は息子の結婚に何の興味も無いのかも知れない。

「話の通じない人ですね」

 弁護士が呆れる。

「有名な企業の経営者や大臣もお呼びしてるのよ?

 今更破談になりました、なんて通用すると思ってるの?

 皆さん多忙な中、我がヴァルノーの為に出席を了承してくださったのに、今更結婚は無しですって、どれだけ信用を失くすと思ってるの?

 ねえ、ダヴィッド。

 アナタが1人1人に謝罪と説明をして回るのよね?」

「ヴァルノー夫人。貴女の仰ることは無茶苦茶だ」

 弁護士がもう一度噛んで含めるように説明しようとした時、

「裁判!上等じゃない!
 裁判でもなんでもやりゃいいじゃないの!」

 叫んだヨハンナの目は狂気じみていた。

「納得のいかない判決なら控訴するわ。
 いつまでも、いつまでも纏わりついて離れないんだから!!」

 ヨハンナはリーヴィアを見てニヤリと笑った。

「何年かかるのかしら?10年?」

 ヨハンナはハハッと声を出して笑った。

 どんだけ伝説に固執してんだよ。

 リーヴィアとヴェリタスは背筋が寒くなった。

「少なくとも裁判の間はリーヴィアちゃんが他の男と勝手に結婚なんてできないんだから。

 そうよね?弁護士さん」

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