そして私は惰眠を貪る

猫枕

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 気が進まないまま連れて来られたのは、西部行政区で随一のファンシーホテル〝ザ・タワー〟。
 どんなにお金を支払おうとも紹介状無しに宿泊はできない、で有名な通称バベルの塔であった。

 気後れしながらコリーナの後ろをついて入ると、白い大理石が敷き詰められた巨大なエントランスホールが広がっていた。

 驚くほど高い吹き抜けが建物を貫いていて、ガラスの天井と壁面から光が降り注いでくる。
 ジャンはそれを眺めながら、
「構造計算は大丈夫なんだろうか?」
 などと呟いている。

 リーヴィアとジャンがキョロキョロしてると、早くついて来て、とコリーナにせかされる。

 リーヴィアとジャンがハ~、とかウヘェ、とか言っている間、ヴェリタスだけが静かだ。

 ヴェリタスは既に何度かココへ来たことがあるらしい。

「クライアントさん達を招待して毎年新年会するから」

 ヴェリタスの両親はフォンヌ法律事務所という弁護士を多数抱えた会社を経営しているのだ。

「へぇ~。ま、私はこんな機会でもなきゃ一生中に入れなかっただろうからありがたく鑑賞させて貰うわ」

 そう言いながらついていくと、一つの部屋に案内された。

 こじんまりしたパーティなら開けそうなパーティルーム?リビング?みたいなのが付いているスウィートだ。

「ここは私の部屋だから」

 どこでも好きなとこに座って、とソファを勧めたコリーナは客室係にあーだこーだと指示を飛ばした。

 なるほどソファの上にはコリーナの私物と思われる縫いぐるみなんかも置かれている。

「?この部屋に住んでるの?」

 リーヴィアが聞くと、

「そんな訳ないじゃない」

 馬鹿にしたような顔でコリーナは、

「この部屋はお父様が私の好きに使えるようにしてくれてるのよ」

 あ~なるほど。バベル・グループもダ・シルバ家の傘下だもんね。

 とリーヴィアが感心していると、沢山の飲み物や食べ物が運ばれて来た。

 コリーナとラルスは二人掛けのソファにぴったり寄り添って座り、テーブルを挟んでかなり距離を置いたカナペに3人が並んで座った。
 アガタはその隣に置かれている一人掛けのソファに腰を下ろす。

 飲み物は何にしますか?と給仕に聞かれて3人はソーダをもらう。

「私達の研究発表が素晴らしい成果を得た事を祝して」

 とコリーナの音頭で乾杯した。

 コリーナは上機嫌で、学園長賞だけでなく教育長賞まで貰ったからお父様が喜んでくれるわ!とはしゃいだ。

「わたし勉強苦手でしょ?いつも成績ギリギリなのをお父様がお金でなんとかしてくれてるじゃない?
 私ってダメダメだから」

 悲しげな表情でラルスを見上げると、

「君はダメダメなんかじゃないよ」

 とラルスがコリーナを見つめる。

「でも、今回はお父様の手を借りずに勝ち取った栄誉だもの」

「「「・・・・・・・・」」」

 まあ、良かったんじゃない?

 たかが学校で開催された発表会で賞貰ったくらいで、天下のバベル・グループ総裁のお嬢様がそんだけ喜んでくれるんならさあ。

 良かった、良かった。

 コリーナは食べ物や飲み物を勧めてきたが、

「あ、アガタ、貴方が座っているソファはル・コルヴォの作品で1000万ペクーニアするんだから汚さないでね」

 とか、

「ここに敷いてある絨毯はファルス産で1億したのよ」

 とか言う。

 1億の物を靴で踏むなよ~!

 リーヴィアは腹にくっと力を込めて両足を絨毯から浮かせた。

 その後もコリーナは壁に掛かる絵がいくらだとか置き時計はいくらだとか言った。

「お金持ちって、物の値段を一々よく覚えてるよね?」

 ジャンがコソコソとリーヴィアに耳打ちした。

 そうやって始まったパーティ?だったが、開始5分でリーヴィア達は帰りたくなった。

 コリーナとラルスはイチャイチャと互いに食べ物を食べさせ合ったりしていたが、3人+アガタは固まっていた。

「ほら、アンタ達もたべなさいよ。せっかく用意したんだから」

「あ、・・・うん。・・・いただきます」

 3人は仕方なくクッキーを摘んでポリポリした。

 硬いジャムが載っていて歯にくっついて往生した。

 どうやってお暇するか脳内で作戦を練りながらポリポリやっていると、いきなりコリーナが話を振ってきた。

「あなた達はいっつも隅っこのほうでジメジメと何の話をしてるの?
 地味な人達が楽しそうにしてるのが不思議で。
 あなた達でも生きてて楽しいことってあるの?」

 もはや腹を立てることもないリーヴィアは至って普通に受け答えした。

「趣味が合うから主にその話かな?」

「趣味って何?土掘ったり石拾ったり?」

「私達、同じ小説のファンだから」

「小説なんか読むんだ~。何の小説?」

「〝月光騎士団〟」

 その時ラルスがピクっと動いた。

「あ~。なんかあの界隈ってヤバい奴しかいないんでしょ?」

 コリーナがケラケラ笑う。

「そうよ。お芝居のチケットも争奪戦なの」

 コリーナが馬鹿にしても平然と話を続けるリーヴィア。

「ファン1人1人を大切にするっていうポリシーだから大きな箱ではやらないのよ。
 だからなかなかチケットが手に入らないんだけど、今回はヴェリタスのお父様の伝手で良い席が取れたの」

「僕も初めて観劇できるから楽しみで楽しみで」

 ジャンもニッコニコだ。

「一般の席は抽選だからなかなか難しいんだけど、今回は関係者席が手に入って劇の後で役者さんにも会わせてもらえるんだ」

 ヴェリタスも自慢気だ。

 アガタが羨ましくて仕方ないような顔をしている。

「へ、・・・ヘェ~・・・それは面白い劇なのかな?」

 ラルスがジャンに聞く。

「僕は初めてだからね。すっごく楽しみだよ」

「ヤノーシュのコスプレで行くんだよね!」

 3人がワイワイやりだす。

「・・・そ、そんなに楽しいんならさ、俺達も行ってみたいよな?」

 ラルスが伺うようにコリーナに聞く。

 アガタも心なしか期待のこもった顔になっている。

『みんな仲良くなったんだし、貴方達も入れてもらえるように手配しようか?』

 そんな流れにならないかな?



 「行くわけないじゃない!」

 コリーナが嘲笑混じりに断言する。

「あんなキモ女の巣窟の空気を吸ったら体内の粘膜から腐食していくわよ」

 コリーナは勝ち誇ったように笑い、ラルスは肩を落とした。

 アガタもがっかりした顔になった。







 
 

 
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