そして私は惰眠を貪る

猫枕

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 ラルスがよちよち歩き始めて簡単な会話ができるようになった頃には既に、彼はリーヴィアが自分の婚約者だと知っていた。

 もっとも婚約者がなんなのか、結婚がどういうものなのか当時のラルスは知らなかったが、「ラルスはリーヴィアと結婚してずっと一緒に暮らすのよ」と何度も母親から刷り込まれているうちに何の疑問も持たずにすんなりその状況を受け入れていた。

 その頃のラルスは、「そうか。ずっと一緒にいるのなら仲良くしなくちゃね」と思っていたし、リーヴィアは良い遊び仲間で関係も良好であったと記憶している。


 ところが学校に通う年になると、周囲に生まれた時から結婚相手が決まっているなんて子どもは自分の他に誰もいないことに気がついた。

「ほら、オマエの嫁さんが来たぞ!」

 度々からかわれるのもあって、ラルスはリーヴィアと一緒にいる所を他人に見られるのを嫌がるようになった。

 この頃からラルスは何度となく両親にリーヴィアとの婚約を取りやめてくれるよう頼んだ。

 学校でからかわれて恥ずかしい。

 まだ子どもなのに婚約者がいるなんておかしい。

 ところが、あの、なんだってラルスのおねだりを聞いてくれる母親が、ことこの件に関してだけ頑なに拒否をする。

 ラルスがリーヴィアとの婚約を解消したいと思ったのは、リーヴィアのことが気に入らないというよりは本人の意思と関係なく親が勝手に結婚相手を決めるということに納得がいかなかったからだ。


 母親はベタベタと甘えたような口の利き方をする女で、相手が嫌がっていてもしつこく食い下がって強引に要求を押し通すところがある。

 もういい年なのに相変わらず〝可愛いお嬢ちゃん〟のつもりでいるのが傍で見ていて痛々しい。

 ラルスは幼少の頃、夜中に何度も母親が父親に対して「ねぇ。買って、買って、お願い」と一晩中何かをねだっている声を聞いたことがある。

 その数日後には必ず母親は見るからに高額そうな指輪や腕時計を嵌めた手を日に翳してうっとりしていた。

「だって私、寝せないもの。
 買ってくれるって言うまで絶対に主人のこと寝せないの。
 そしたらあの人、翌日の仕事に遅れるわけにはいかないから、最後には根負けして、うん、っていうのよ」

 お茶に呼んだ友達相手に戦利品を見せびらかしながら、さも自慢気にそんなことを言う母親を見てラルスは心底ぞっとした。

 そんな母親が、あのうんざりする特有のしつこさで、ラルスになにがなんでもリーヴィアと結婚しろと言う。

 何故そこまでリーヴィアと結婚させたがるのか。

 ラルスは初めは母親の、

「親友のキアラと子ども同士結婚させるのが夢だったの」

 と言う言葉を信じていた。

 乙女チックな傍迷惑はためいわくな願望なのだと。

 ところがどうやら両親はリーヴィアの親のことを親友どころか見下しているらしいことにラルスは気がついた。

 母親が友達を呼んだお茶の席で、リーヴィアの母キアラの悪口を言っているのをたまたま耳にしたからだ。

 それから気をつけているとラルスの両親が二人揃ってリーヴィアの両親を馬鹿する発言をしているのを何度も聞いた。

「アイツら奴隷だから。俺の言うことには逆らえないから」

 父がそんなことを口にすると母も同調して笑う。

 どうして両親はそんな風に下に見ている人達の娘と自分の息子を結婚させたいのか、ラルスにはさっぱりわからなかった。

 わからなかったが、なにか目的があるのだろう事だけはわかった。

 そしてそれは絶対に碌な事ではないはずだ。



 
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