そして私は惰眠を貪る

猫枕

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 学園でのリーヴィアの周囲からの評価は〝ラルス様にまったく相手にされていないのに、惨めったらしく婚約者の地位にしがみついている哀れな女〟というものだ。

 リーヴィア本人はむしろ誰よりもこの婚約が解消されることを願っているのだが、そんなことを言ったところで誰も信じてくれるわけでなし、一々訂正するのも億劫なので、何を言われようと放置している。

 誰も信じてくれない、とは言ったが、少ないながらもリーヴィアにも友達がいて、その人達はリーヴィアの味方をしてくれる。
 その中でも特にヴェリタス・フォンヌは親友と呼べる大切な存在で、実際のところ彼女なしではリーヴィアの学園生活は耐え難いものになっていたことだろう。

 入学したての頃、たまたま席が隣同士になった二人は一緒に昼の弁当を食べた時にお互い同じ小説の熱烈なファンだということを知って一気に仲を深めていった。

 小説を舞台化した芝居にも何度も足を運び、推しのキャラクターの俳優のポスターを部屋に貼った。
 新刊が出る度にサイン会に行ったり、リーヴィアとヴェリタスは四六時中小説の話に夢中になって、しまいには推しのキャラクター達が登場するアナザー・ストーリーを勝手に書いて交換したりもするようになった。

 創作の世界にのめり込んでいれば外野の陰口も気にせずに済んだけれど、それでもわざわざ近づいて来てまで嫌味を言ったり嫌がらせをしてくる人間は後を絶たず、そんな時はリーヴィアも気分が沈みがちになる。

 今日も〝ラルスの彼女〟コリーナの仲間が「早く婚約を解消しろ」とリーヴィアのサンドイッチに鉛筆を突き立てた。
 
 せっかくの大好物のエビのサンドイッチだったのに。

「真ん中の所避ければ食べられるかなぁ?」

「アンタ、そんな惨めったらしいことやめなよ。アンタには自尊心ってものはないの?」

 ヴェリタスは落ち込むリーヴィアを元気づけようと家に誘った。

「父が出張のお土産にガトー・ナンテを沢山買って来たのよ」

 ヴェリタスの優しい言葉に誘われてリーヴィアがフォンヌ家にお邪魔するといつもは多忙で留守がちなヴェリタスの母ソラリスがお茶の仲間に加わった。

 リーヴィアはこのあっけらかんとした物言いをする婦人が大好きだ。

「それでどうなの?婚約解消大作戦の方は?」

 リーヴィアの現状を知っているソラリスは立ち入ったことでもお構いなしに聞いてくる。

「今のところ効果なしです。
 ラルスの方から断ってくれれば一発で解決なのに・・・」

「案外アンタのこと好きなのかもよ?」

 ヴェリタスがにやにやする。

「それは無いです。
 だけど、『僕を離してくれない婚約者』ってシチュエーションを気に入ってる可能性はあるように思いますが」

「やなカンジ!」

「なんだかナルシストっぽいもんね。話に聞くに」

 ソラリスはニヤニヤしている。

「今どき親が婚約者決めるって変わってますよね?
 年頃になってからお見合いで決まるとか、後で親が相手に問題が無いか調査を入れるにしても基本的には本人達の自由恋愛に任せてる人が多いって聞きますし。
 
 それなのに私の場合ほとんど生まれてすぐにラルスと婚約させられたんですよ」

「変なの~」

「いくら親同士が親友だからって子ども同士の相性も見極めてからにして欲しかったですわ」

 するとソラリスが、

「親友ねぇ~」

 と、ちょっと意地悪く言った。

 えっ?という顔をしたリーヴィアにソラリスが続けた。

「私、あの4人、アナタのご両親とヴァルノー夫妻のことね。
 あの人達と同級生だったんだけど、とても親友には見えなかったけど?」

「・・・どういうことですか?」

「まあ、気を悪くしないで欲しいんだけど、アナタのお父様のダヴィッドはラルスの父親フェリクスにいつも使いっ走りみたいなことさせられてて、皆の前で笑い者にされたりね。
 とても対等な関係にはみえなかったわよ」

「・・・本当なんですか?」

「そうよ。それにアナタのお母様のルキアだってラルスの母親のヨハンナからいつも面倒事を押し付けられたり、そのくせパーティーなんかあるとわざと招待しないで

仲間外れにされたりしてたわよ」

「ヨハンナおばさまは私の母のことを無二の親友だって・・・」

「まあ、信じないならそれでいいけど」

「・・・いえ、ヨハンナおばさまは私の話なんか全く聞いてくれてないし、下に見られてるんだろうなっていうのはなんとなく・・・・でも、何故なんでしょう?

 うちには大した資産も無いですし、私に固執するメリットが無いですよね」

「・・・家丸ごと支配下に置いて奴隷化するとか?」

「恐ろしいこと言わないでよ、ヴェリタス」

「でもさ、ラルスが他に好きな子がいても自分から婚約解消を申し出ないところを見ると、親から絶対にリーヴィアと結婚するように命令されてる可能性ない?」

「・・・なんの為に?」

「地下牢に繋いで僅かな食料だけでタダ働き。
『ご当主様のお慈悲で、今日は年に一度の肉がふるまわれるぞ!せいぜい感謝して這いつくばって貪り食うがよい!!ハッハッハ!』」

「え?肉は年に一度だけ?・・・じゃ、ケーキは?アイスクリームは?」

「『奴隷のくせに!この身の程知らずが!』」

「ヒィィ~!!」

「『そしてこのくだらん小説は没収じゃ!!』」

「そんなっ!!あんまりです!!
それだけはお許しくださいっ!!」

 リーヴィアとヴェリタスがご主人様と奴隷ごっこをしていると、ソラリスがポツリと言った。


「もしかしてあの女、あの伝説を本気で信じてるってわけじゃないよね?」

「あの女って?」

「伝説って?」




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