侯爵夫人のハズですが、完全に無視されています

猫枕

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 オッス!おらアグネス20才。
 下町の大衆食堂レインボーの女将だ。

「私のことは今日からアグネスと呼んでね」  

 従業員と常連客はまたバカなこと言ってるよと笑っていたが、

「占い師に勧められて改名したのよ」

と言うと、ああそうか、とすんなり受け入れてそれ以上詮索しなかった。
 
 結局、女将さんは帰って来なかった。

 向こうで娘さんとお孫さん達に囲まれて暮らしたいそうだ。

 私はアパートの賃貸契約を女将さんから引き継いで、家具や日用品もそのまま貰えることになった。
  
 レインボーの経営権は侯爵様が買い取って、今までの迷惑料として私に移譲してくれた。
 
 相場よりかなり高い金額で買い取ってくれたので、女将さんはとても感謝していると手紙で伝えてくれた。

 侯爵様は ほかにもビックリするような金額を私に渡そうとしてきたけど、それは断った。

「お金に困ることがあったら、小遣いをせびりに行ってやるから」

 そう私が言うと、なんとも言えない表情で、

 「いつでも どうぞ」

 と笑った。

 唯一なんでも相談できる女将さんに会えなくなるかと思うと、心にポッカリ穴が空いた様だった。
 
今思えば女将さんは私の初めての友達だったのかも知れない。
 
まあ、向こうはどう思っているか知らないけど。
 
今生こんじょうの別れってわけじゃなし、生きていれば そのうち きっと また会えるだろう。



 そんな私のところに割と頻繁にやって来る様になったのがアグネス様改めシンディー様だ。

 お互いの人生を交換したこともあり、情報を擦り合わせて共有するために始めた会合であったが、今となっては多い時は週に2度3度と来店するようになった。

息子のアランを連れて来ることもあれば、一人で来ることもあった。

 元私の書類上の息子アランは天使のように可愛らしい見た目だが、私があげたお菓子を一口食べてから

「口に合わない」

 と返しに来るくらいにはクソガキである。




 元アグネス様の人生は私のより遥かに過酷だった。

 男爵家の庶子として生まれたアグネス様は貧しい母子家庭で育ったが、10才の時に実母が病死した。

 その後父親である男爵に引き取られはしたものの籍にも入れてもらえず、使用人の様な生活を強いられ学校にも通わせてもらえなかったという。

 侯爵様とは侯爵様が慈善活動で行っていた学校へ行けない子供たちへの教育プログラムで出逢ったそうだ。

 読み書きも不十分だった元アグネスに侯爵様は根気よく丁寧に教えてくれたんだと。

 それ絶対、元アグネスがタイプだったんだと思う。

 まあ、とにかく侯爵様は現シンディーにとって白馬に乗った王子様といった所か。

 それでも新シンディー様が侯爵夫人になるにあたっては苦労も多いらしく

「ここに来ればマナーを気にせずリラックスできるわ」

 と安心したように食事を取る。

 ハリケーンライスがお気に入りのようだ。
  

 先日二人で町を歩いた。


 雑貨屋でシンディー様がマグカップを手に取って

「これ・・・・お揃いにしませんか?」 

と頬を染めた。

「私、友達と何かお揃いで持つのが夢だったんです」

 ああ、そうか。友達か。友達ができたんだな、私にも。

 シンディー様の手にあるマグカップにはあまり可愛くないクマの絵と
unsung heroes というわけの分からんロゴが描いてあった。

「なにこれ、ダッサ・・」

 二人顔を見合わせて笑ってから、そのカップを2個買って私のアパートでお茶を飲んだ。

侯爵家に持ち帰ったら棄てられるかも知れないので、ウチに来た時用に保管することにした。

「私のせいで貴族じゃなくなっちゃいましたね」

 シンディー様がすまなさそうに言う。

「貴族じゃなくなったけど、お陰で2才も若返ったわよ!」

この前まで22才だったけど今は20才だ。

何だか得した気分だ。

「私ね、元々 貴族社会は居心地が悪かったの。
 だから 何の未練もないわ」


「・・・・私も、ちょっと居心地悪いかも・・・」


 「イヤになったら たまに家出しておいでよ。 かくまってあげる!」 


「私、友達とお泊まり会するの夢だった」


「私も~。夜中にお菓子たべるのよ!」





 

最近よく来ると言えば、侯爵様のお母様も月に1、2回来る。

 改めて謝罪に来られた夫人にお茶を出すと困惑の表情を見せたのを思い出す。


「大丈夫ですって。ちゃんと洗ってますから汚なくないですってば」



そう言うと、そんなつもりでは・・・と口ごもっていたが、気が進まなさそうに口にした厚焼き玉子サンドが美味しかったらしく、その後は来店のたびにテイクアウトして帰るようになった。
 

侯爵様も大好物なのだそうだ。



「姉もね、最近は随分調子が良いみたいなの。
 
外出の機会も増えて、ごく親しい友達となら一泊旅行くらいはできるようになったんですって。 
 
 今度ハンナと訪ねてみようと思ってるの」


「それは、本当に良かったですね。

・・・・20年以上も苦しめてしまったのですね」



「あなたのせいじゃないのに、ごめんなさいね」



「私はお詫びには行けませんが、離れた場所から心を込めて毎日お祈りしておりますわ」



「・・・・えっとね、受け取りたくなければ拒否して構わないわ」

 そう言って前侯爵夫人が取り出した封筒はチェレステ公爵からの手紙だった。


 一度直接会って謝罪したいと書かれてあった。



 今更な気もするが、現シンディーが社交会でイジメられないように頼んでおくのも良いだろう。
 
私はいつでもどうぞ、と返事を書いたが
もし本当に来たら、メチャクチャ辛いハリケーンライスを食べさせようかな。



◇◇◇◇◇


新作     

 良いものは全部ヒトのもの

 というのを始めました。
 読んでくださると嬉しいです

 

    
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