13 / 16
13
しおりを挟む「わたくし、良いことを考えましたわ!」
シンディーの弾んだ声に、もう悪い予感しかしない面々。
「私がアグネス様になって、アグネス様が私になればいいのですわ!」
全員がコイツ何言ってるんだ、という顔になる。
「だ~か~ら」
シンディーは『どうしてわからないかな~』と皆を小馬鹿にするような笑みを浮かべて得意気に小鼻を膨らます。
「アグネス様がシンディー・キャッシュとして、私がアグネス様として入れ替わって生きていけばいいじゃないですか!!」
皆が無言の中、シンディー唯一人が解決解決!とお菓子に手を伸ばす。
どんだけ食べるんだ。
「アグネス様がシンディーの偽物なんじゃなくてシンディー本人になるんですよ」
「・・・それって罪にはならないのかしら?」
先程の禁固刑が頭から離れないハンナが息子のスティーブの顔を窺う。
「黙ってりゃわかりゃしませんよ」
スティーブの代わりにシンディーが晴れ晴れと答える。
「私、友達一人もいないし、学校じゃ陰口の対象だったけど誰もわざわざ近寄って来なかったから、同級生で私の顔をハッキリ覚えてる人ってほとんどいないと思うんですよ。
卒業から4年も経ってるし。
社交の場にもほとんど出席してこなかったし。
アグネス様は既にキャッシュ侯爵夫人として認知されてるんですよね?」
「いや、実は今まで社交は避けてきたんだ。・・・その、シンディーは社交が苦手ってことで」
「嫌われ者だもんね~シンディー」
「結婚式はどうしたんだよ?」
「・・・・。結婚式はシンディー嬢とアグネスの髪の色が一緒だからメイクとかで上手いこと誤魔化した。
それに、ご両親であるヒューズ伯爵夫妻も出席していたから疑う人はいなかったと思う。
それと、・・・・チェレステ公爵の協力も・・・・申し訳ない・・・」
「ふ~ん。でもこれからもずっと隠れてるって訳にもいかないしね。
だったら、あとはお父様とお母様が夜会とかで
『やあ、シンディー元気だったか?たまにはウチにも遊びに来なさい』
とか周りに聞こえるように言えば、あれがヒューズ伯爵の娘かって皆がそう思うでしょ?
アレ?あんな顔だったか?って思う人がいたとしても親が娘だって言ってるんだから自分の勘違いだと思うでしょ。
ね、ここにいる皆が黙っていれば解決ですよ」
ヒューズ伯爵はシンディーの物真似が滑稽だったので、少し気分を害した。
「このことを誓約書にしたためましょうよ!
誓いを破った者は己の血を以って贖う・・・。」
先日秘密結社のミステリー小説を読んだばかりのシンディーはノリノリである。
「全員が署名して血判を押すの。
そして銀行の貸金庫に預ける。
その文書は私達の中で最後まで生き残った者が亡くなった日から100年後に封印を解かれるの。
財宝の在りかが示されると思っていた子孫はガッカリするでしょうね~。
そして明かされるキャッシュ家の真実!
ワクワクするわね~!」
ワクワクしているのは一人だけだ。
そんな文書に何の効力があるのか、血で贖うって誰が処罰を加えるのか、そもそも100年後に開封って公文書でもあるまいし、とかツッコミどころ満載だったが、そのことに言及する気力のある者はこの場にはいなかった。
「・・・それでお前はいいのか?シンディーとしての人生を捨てても」
「そうねぇ。シンディーって名前には多少の愛着はあるけど、ヒューズかって言われたら、さほどヒューズでも無いし、
キャッシュに至っては、もう全然キャッシュじゃ無いしねぇ?アハハ!
アグネスは好きな聖人の名よ。
・・・・でも殉教したんだっけ?」
もう、全員項垂れすぎて首が痛くなっていた。
「あ、・・・私は良くてもアグネス様が嫌かな?シンディーは嫌われ者だから」
「え?・・・あ、の・・・私はどうすればいいのか・・・・嫌・・・とかは無いです」
助けを求めるように侯爵を見るアグネス。
「・・・これが一番良い解決方法なのだろうか・・」
うんうんと勢い良く首を縦に振るシンディー。
菓子が入っているので口が利けないのだ。
「 ・・・私が君に何かしてやれることは無いのだろうか・・・」
シンディーに向けられた侯爵の目は、後悔を孕みながらも優しさに満ちていた。
シンディーは斜め上に視線を向けて暫く考えるような仕草を見せた。
菓子を咀嚼して飲み込んでいるのだ。
「え~っと、下町のアパートを借りる初期費用を出して貰えませんかね。
今居る所は他人の家なんで居候なんですよ。
あと、家具とか日用品とか、安いやつでいいですから・・・・って、図々しいですかね・・・」
静寂が支配する室内にシンディーがキュウリのピクルスを噛む音だけがポリポリポリポリ漂っていた。
「・・・いや・・・なるべく君の意に沿うよう計らおう・・・」
侯爵は、まかり間違えばあったかもしれない目の前の娘との結婚生活に思いを馳せ、ブルっとその身を震わせた。
620
お気に入りに追加
4,291
あなたにおすすめの小説
【完結】初めて嫁ぎ先に行ってみたら、私と同名の妻と嫡男がいました。さて、どうしましょうか?
との
恋愛
「なんかさぁ、おかしな噂聞いたんだけど」
結婚式の時から一度もあった事のない私の夫には、最近子供が産まれたらしい。
夫のストマック辺境伯から領地には来るなと言われていたアナベルだが、流石に放っておくわけにもいかず訪ねてみると、
えっ? アナベルって奥様がここに住んでる。
どう言う事? しかも私が毎月支援していたお金はどこに?
ーーーーーー
完結、予約投稿済みです。
R15は、今回も念の為
【完結】結婚して12年一度も会った事ありませんけど? それでも旦那様は全てが欲しいそうです
との
恋愛
結婚して12年目のシエナは白い結婚継続中。
白い結婚を理由に離婚したら、全てを失うシエナは漸く離婚に向けて動けるチャンスを見つけ・・
沈黙を続けていたルカが、
「新しく商会を作って、その先は?」
ーーーーーー
題名 少し改変しました
完結 そんなにその方が大切ならば身を引きます、さようなら。
音爽(ネソウ)
恋愛
相思相愛で結ばれたクリステルとジョルジュ。
だが、新婚初夜は泥酔してお預けに、その後も余所余所しい態度で一向に寝室に現れない。不審に思った彼女は眠れない日々を送る。
そして、ある晩に玄関ドアが開く音に気が付いた。使われていない離れに彼は通っていたのだ。
そこには匿われていた美少年が棲んでいて……
お飾り王妃の死後~王の後悔~
ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。
王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。
ウィルベルト王国では周知の事実だった。
しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。
最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。
小説家になろう様にも投稿しています。
【完】お義母様そんなに嫁がお嫌いですか?でも安心してください、もう会う事はありませんから
咲貴
恋愛
見初められ伯爵夫人となった元子爵令嬢のアニカは、夫のフィリベルトの義母に嫌われており、嫌がらせを受ける日々。
そんな中、義父の誕生日を祝うため、とびきりのプレゼントを用意する。
しかし、義母と二人きりになった時、事件は起こった……。
立派な王太子妃~妃の幸せは誰が考えるのか~
矢野りと
恋愛
ある日王太子妃は夫である王太子の不貞の現場を目撃してしまう。愛している夫の裏切りに傷つきながらも、やり直したいと周りに助言を求めるが‥‥。
隠れて不貞を続ける夫を見続けていくうちに壊れていく妻。
周りが気づいた時は何もかも手遅れだった…。
※設定はゆるいです。
【完結】忘れてください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。
貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。
夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。
貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。
もういいの。
私は貴方を解放する覚悟を決めた。
貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。
私の事は忘れてください。
※6月26日初回完結
7月12日2回目完結しました。
お読みいただきありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる