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しおりを挟む信心深い女将さんは安息日遵守で日曜定休だった。
そのため私は日曜日以外のほとんどをレインボーに入り浸りだった。
そしてウエイトレスの女の子が一人辞めてしまったこともあり夜の部の手伝いも頼まれることが増えて昼も夜も店の賄いで済ませるようになると、屋敷で用意される食事をどうするか、という問題に直前した。
「食が細いので、朝お茶とクッキーを頂ければ昼は要りません」
これは不自然ではないだろう。
しかし、毎食夜も要らないとなると怪しまれるし、最悪医者を呼ばれてしまう危険性がある。
食器は洗って次の日にドアの外に出しておくことで話はついている。
とにかく楽をしたい使用人は私のことを変わり者くらいにしか思っていないようで、あれこれ詮索してこないので助かっている。
しかし、いくら心がこもっていなくとも、せっかく用意してくれた食事を捨てるのは忍びない。
私は使用人にメモを残した
あまりに暇なので、
これからは自分の食べるものは自分で調理する。
これからは毎週月曜日の朝8時までにドアの外に一週間ぶんの食材をまとめて置いて欲しい。
途中で足りない物がある時は別途お願いするので、内容は適当で構わない。
ざっと、こんな感じだ。
かくして私は月曜日に配給された食材を担いでレインボーに行くようになった。
私が運んでくる食材には高位貴族らしい高級品も含まれていたので、女将さんは喜んでいた。
そんなある日、女将さんが深刻な顔で頼み事があると言ってきた。
「ウチの娘がね、双子を産んだんだけど産後の肥立ちが悪いらしくてさ」
「それは大変じゃないですか」
「起き上がるのもやっとなのに双子だろ。弱気になってるらしくてさ、娘の旦那が手伝いに来てくれないかって」
「行ってあげればいいじゃないですか」
「遠いんだよ」
話しているうちに女将さんは泣きそうになってくる。心配でたまらないのだろう。
「ねぇ、私が帰ってくるまで店を預かってくれないかい?」
確かにその時点で私はレインボーの全てのメニューを作れるようになっていたし、忙しければ常連のオッチャンたちを顎で使って料理を運ばせるくらいのことは出来ていたので、店を回すこと自体にさほど不安はなかった。
しかし、閉店までとなれば片付けや翌日の仕込み、帳簿付けに掃除となると深夜近くまでかかるかも知れない。
それから一人で通りを歩いて闇夜に紛れてコソコソ屋敷に帰るのも危険だしコワイ。
材料は出入り業者が持ってきてくれるが、早朝から市場で仕入れなければならない物もあるだろう。
これらを考えると私が店を預かるというのは現実的ではないように思われた。
しかし、荒みきった私の人生の一服の清涼剤ともいうべきレインボーに私がどれほど救われてきたかを思えば、ここで女将さんの頼みを断るなど人倫にもとる行為じゃないか!
私は思い切って自らの半生を女将さんに打ち明けることにした。
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