侯爵夫人のハズですが、完全に無視されています

猫枕

文字の大きさ
上 下
5 / 16

5

しおりを挟む

 信心深い女将さんは安息日遵守で日曜定休だった。
 
 そのため私は日曜日以外のほとんどをレインボーに入り浸りだった。

そしてウエイトレスの女の子が一人辞めてしまったこともあり夜の部の手伝いも頼まれることが増えて昼も夜も店の賄いで済ませるようになると、屋敷で用意される食事をどうするか、という問題に直前した。

「食が細いので、朝お茶とクッキーを頂ければ昼は要りません」

 これは不自然ではないだろう。

 しかし、毎食夜も要らないとなると怪しまれるし、最悪医者を呼ばれてしまう危険性がある。

 食器は洗って次の日にドアの外に出しておくことで話はついている。

 とにかく楽をしたい使用人は私のことを変わり者くらいにしか思っていないようで、あれこれ詮索してこないので助かっている。

 しかし、いくら心がこもっていなくとも、せっかく用意してくれた食事を捨てるのは忍びない。

 私は使用人にメモを残した


 あまりに暇なので、

 これからは自分の食べるものは自分で調理する。

 これからは毎週月曜日の朝8時までにドアの外に一週間ぶんの食材をまとめて置いて欲しい。

 途中で足りない物がある時は別途お願いするので、内容は適当で構わない。

 ざっと、こんな感じだ。


 かくして私は月曜日に配給された食材を担いでレインボーに行くようになった。

  私が運んでくる食材には高位貴族らしい高級品も含まれていたので、女将さんは喜んでいた。

 そんなある日、女将さんが深刻な顔で頼み事があると言ってきた。

「ウチの娘がね、双子を産んだんだけど産後の肥立ちが悪いらしくてさ」

「それは大変じゃないですか」

「起き上がるのもやっとなのに双子だろ。弱気になってるらしくてさ、娘の旦那が手伝いに来てくれないかって」

「行ってあげればいいじゃないですか」

「遠いんだよ」

 話しているうちに女将さんは泣きそうになってくる。心配でたまらないのだろう。

「ねぇ、私が帰ってくるまで店を預かってくれないかい?」

確かにその時点で私はレインボーの全てのメニューを作れるようになっていたし、忙しければ常連のオッチャンたちを顎で使って料理を運ばせるくらいのことは出来ていたので、店を回すこと自体にさほど不安はなかった。

 しかし、閉店までとなれば片付けや翌日の仕込み、帳簿付けに掃除となると深夜近くまでかかるかも知れない。
 それから一人で通りを歩いて闇夜に紛れてコソコソ屋敷に帰るのも危険だしコワイ。
 材料は出入り業者が持ってきてくれるが、早朝から市場で仕入れなければならない物もあるだろう。

 これらを考えると私が店を預かるというのは現実的ではないように思われた。


 しかし、荒みきった私の人生の一服の清涼剤ともいうべきレインボーに私がどれほど救われてきたかを思えば、ここで女将さんの頼みを断るなど人倫にもとる行為じゃないか!

 私は思い切って自らの半生を女将さんに打ち明けることにした。



 
しおりを挟む
感想 201

あなたにおすすめの小説

【完】お義母様そんなに嫁がお嫌いですか?でも安心してください、もう会う事はありませんから

咲貴
恋愛
見初められ伯爵夫人となった元子爵令嬢のアニカは、夫のフィリベルトの義母に嫌われており、嫌がらせを受ける日々。 そんな中、義父の誕生日を祝うため、とびきりのプレゼントを用意する。 しかし、義母と二人きりになった時、事件は起こった……。

【完結】初めて嫁ぎ先に行ってみたら、私と同名の妻と嫡男がいました。さて、どうしましょうか?

との
恋愛
「なんかさぁ、おかしな噂聞いたんだけど」 結婚式の時から一度もあった事のない私の夫には、最近子供が産まれたらしい。 夫のストマック辺境伯から領地には来るなと言われていたアナベルだが、流石に放っておくわけにもいかず訪ねてみると、 えっ? アナベルって奥様がここに住んでる。 どう言う事? しかも私が毎月支援していたお金はどこに? ーーーーーー 完結、予約投稿済みです。 R15は、今回も念の為

冷徹公に嫁いだ可哀想なお姫様

さくたろう
恋愛
 役立たずだと家族から虐げられている半身不随の姫アンジェリカ。味方になってくれるのは従兄弟のノースだけだった。  ある日、姉のジュリエッタの代わりに大陸の覇者、冷徹公の異名を持つ王マイロ・カースに嫁ぐことになる。  恐ろしくて震えるアンジェリカだが、マイロは想像よりもはるかに優しい人だった。アンジェリカはマイロに心を開いていき、マイロもまた、心が美しいアンジェリカに癒されていく。 ※小説家になろう様にも掲載しています いつか設定を少し変えて、長編にしたいなぁと思っているお話ですが、ひとまず短編のまま投稿しました。

契約婚なのだから契約を守るべきでしたわ、旦那様。

よもぎ
恋愛
白い結婚を三年間。その他いくつかの決まり事。アンネリーナはその条件を呑み、三年を過ごした。そうして結婚が終わるその日になって三年振りに会った戸籍上の夫に離縁を切り出されたアンネリーナは言う。追加の慰謝料を頂きます――

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

白い結婚をめぐる二年の攻防

藍田ひびき
恋愛
「白い結婚で離縁されたなど、貴族夫人にとってはこの上ない恥だろう。だから俺のいう事を聞け」 「分かりました。二年間閨事がなければ離縁ということですね」 「え、いやその」  父が遺した伯爵位を継いだシルヴィア。叔父の勧めで結婚した夫エグモントは彼女を貶めるばかりか、爵位を寄越さなければ閨事を拒否すると言う。  だがそれはシルヴィアにとってむしろ願っても無いことだった。    妻を思い通りにしようとする夫と、それを拒否する妻の攻防戦が幕を開ける。 ※ なろうにも投稿しています。

婚約者を解放してあげてくださいと言われましたが、わたくしに婚約者はおりません

碧桜 汐香
恋愛
見ず知らずの子爵令嬢が、突然家に訪れてきて、婚約者と別れろと言ってきました。夫はいるけれども、婚約者はいませんわ。 この国では、不倫は大罪。国教の教義に反するため、むち打ちの上、国外追放になります。 話を擦り合わせていると、夫が帰ってきて……。

婚姻契約には愛情は含まれていません。 旦那様には愛人がいるのですから十分でしょう?

すもも
恋愛
伯爵令嬢エーファの最も嫌いなものは善人……そう思っていた。 人を救う事に生き甲斐を感じていた両親が、陥った罠によって借金まみれとなった我が家。 これでは領民が冬を越せない!! 善良で善人で、人に尽くすのが好きな両親は何の迷いもなくこう言った。 『エーファ、君の結婚が決まったんだよ!! 君が嫁ぐなら、お金をくれるそうだ!! 領民のために尽くすのは領主として当然の事。 多くの命が救えるなんて最高の幸福だろう。 それに公爵家に嫁げばお前も幸福になるに違いない。 これは全員が幸福になれる機会なんだ、当然嫁いでくれるよな?』 と……。 そして、夫となる男の屋敷にいたのは……三人の愛人だった。

処理中です...