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30 旅の終わり

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 スケートの翌日はスキーをした。

 リフトに乗るタイミングを掴めずに係員に怒られたり、今度はうまく降りられずにリフトを止めてしまったり、初心者用の緩やかなスロープを断崖絶壁だ!怖い!と大騒ぎしたりして散々だった。

 チビッ子に混じってスキー教室に参加してクスクス笑われたが、お陰さまでなんとか楽しめる程度には滑れるようになった。

 かっこ良く滑って来た男性が転んだラウラに手を貸して爽やかに去って行った一件にニコはご立腹だった。

「ゲレンデでは2割り増しなんだからね! 

 あんなの町でみたら普通の人なんだから!」

 ニコはラウラが男性と見つめ合っていたと言って譲らない。

「ニコの方がずっとステキよ」

 ラウラが言うと機嫌を直して、

「ボクがラウラのことカッコ良く助けたかったのになー」

 とばつが悪そうに笑った。


 夜はロッジのバーで過ごした。

 今度来る時は王都のスポーツショップで最新のスキーウェアを揃えて来ようね、とニコは終始ご機嫌だった。

 二人のテーブルに若い女の子が近づいてきて、

「もしかしてニコさんじゃありませんか?」

 と言った。

狼狽えるニコに構わずに女の子は、

「感激~!大ファンなんです!」

 とピョンピョンした。

「失踪なんて噂になって、もしかして病気になったのかと心配してました。
 お元気そうで良かった~」

 勝手に喋り続ける女の子を前にして、ニコは、ありがとう、と言うのがやっとだった。

「『棘の蜜』良かったですぅ~。あの作品に出会えて私の人生は変わりました。
 それまで私は本心を押し殺して生きてきました。
 望まない進学と親の決めた就職をしたんですけど、毎日毎日これは違うなって思いながらも失敗が怖くて踏み出せなかったんです。
 あの映画見た直後に今度は見合いの話が来て、その時『まるで他人の人生を生きてるみたいだな』ってセリフを思い出して、言われた通りにしていれば失敗しても親のせいにできるって逃げてたのは自分だって気づいたんです」

 彼女はその後もマシンガンのように喋りまくって、選挙の候補者みたいにニコの両手を取ってブンブン振り回すような握手をして去って行った。


「・・・なんかスゴかったね」

 ニコはタジタジだったが嬉しそうでもあった。

「次回作、楽しみにしてるって言われちゃった」

「そんな風に思ってくれてる人がたくさんいるんだろうね」

 ニコはワインに酔ったのかヘラヘラしながら、そうだね、と何度も頷いた。





帰りの列車ではニコの表情は行きと大違いでおおらかだった。

「ラウラ、ボク今までラウラに頼ってばかりだったけど、これからはしっかりするから」

 「どうしちゃったの?」

「ボク、ちゃんとラウラのこと考えてるから。
 今まで守ってもらってばかりだったけど、これからはボクがラウラを守るから」

 え?え?ラウラの顔が熱くなる。

「ボク、今度の旅行で自分が色んな人からちゃんと愛されてここにいるって分かった。

 だから自信もって先に進もうと思う。

 ちゃんと仕事にも人にも向き合おうと思う。

 そしてラウラが安心して暮らせるようにするから」


「・・・それって結婚するとかってこと?」

「ボクはそう望んでる。

 ラウラは貴族のお嬢さんでボクは最下層だから許してもらうのは難しいかもしれないけど、認めてもらえるように仕事頑張る。

 ウィリアムズさんにもちゃんと謝ってもう一度仕事させてもらえるようにお願いするよ」
 
 この子は一時の気の迷いでこんなことを口走っているに違いない、とラウラは思った。

 ニコが俳優業に復帰する気になってくれたことは喜ばしいが、きっとこの先もヒット作に出演して人気者になっていくはずである。
 彼にはその才能も運もある。
 本人も周りも綺羅の世界の住人という環境で平凡なラウラに興味を失くすのは決定的な未来である。

 ラウラはぐちゃぐちゃ考えるのが面倒になった。
 
 なるようにしかならない。

 そして寝たフリをした。

「あれ、ラウラ、疲れて寝ちゃった?」

 ニコがラウラに上着を掛けた。

「明日のクリスマスは二人きりでロマンチックに過ごそうね」

 ニコはラウラの耳元で囁いてラウラの髪を掻き上げた。

 

しかし二人にロマンチックなクリスマスが来ることは無かった。

 

 

 
 



 


 
 
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