死ぬほど退屈な日常で

猫枕

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5年後

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 クミは依然行方不明のままでヒサシとの離婚は成立した。

 通常失踪者との離婚は3年以上かかるそうだが、悪意の遺棄というのが適用されて1年ちょっとで離婚が成立した。

 タモツはそれが自分の手柄であるかのように行く先々で自慢気に吹聴して回った。

 離婚が早期に成立したとて、あれから5年が経ってもヒサシに新しい嫁が来る気配もないのだから意味はないだろう。


 クミの両親はカイトをさっさと養子に出してしまいたかったが、親権者のクミが不在の状態ではそれも難しいようだった。

 そんなわけでカイトはリツコが相沢家で面倒を見ていた。


 カイトは5才になったが幼稚園に行くでもなくブラブラと家の周囲で日中を過ごしていた。

 同年代の友達が必要だと考えたリツコが一度は地域に一つしかない幼稚園に入れたのだが、馴染むことができずに辞めてしまったのだ。

 タモツに遠慮した住民や元々相沢家に対して妬みの感情を持っていた者達が子供や孫をカイトと遊ばせなかったからだ。

 理由は分からなくとも自分が地域から除け者にされていることはカイトもなんとなく感じているようで、初めの方こそ子供達が固まって遊んでいると仲間に入りたそうにしていたが、最近では彼等を見ようともしなくなっていた。

 そんなカイトを不憫に思ったリツコはアニメ専門チャンネルを契約してやった。

 最近のアニメはリツコにはさっぱりだったが、年齢にそぐわない番組もバンバン見ているカイトはアニメから得たであろう知識で、時々驚くような言い回しを披露したりした。



 ヒサシが梨の剪定をしているとカイトが来た。
  わざとらしく地面から枝なんか拾ってゴソゴソしている。

 最近カイトはヒサシが一人で農作業をしていると いつの間にか近くにやって来るようになった。

 来たからといって特段なにか話すわけでもないのだが、ヒサシも あっちに行け と追い払うわけでもなく放っている。

  昼時になってヒサシがビール箱を逆さにした椅子に座って弁当を広げる。

 おにぎりを食べ始めると離れた所からじっと見ている。

「食べるか?」

 ヒサシが おにぎり を掲げて見せるとカイトが近づいて来た。

 もうひとつ椅子を用意してやるとちょこんと行儀良く座って食べ始めた。

 そのツムジを見ていると、何故だかヒサシは泣きたくなった。

 

 トモキはその後結婚して今では2才になる息子がいる。

 「嫁とお袋の折り合いが悪くて参るわ~。
  しかもさあ、嫁が右脳開発とかいうのに凝りだして幼児教室だの教材だのって金使うんだよ」

 「へぇ」

「あんな効果があるかどうかもわかんねぇもんに金使って、オレの小遣い減らすんだもんな」

 まったく気楽なオマエが羨ましいよ~、と不満に見せかけた自慢をしてくるトモキをウゼェと思って見ていると、

「なあ、秋葉行こうぜ」
  
と誘ってくる。

「アキバ?なんか家電でも買うんか?

 国道沿いの 『Kず電気 』で買えるだろ?」

「ちっげーよ。可愛いメイドさん達が俺たちのお帰りを待ってんでしょうが」

「・・・オレ、そういうのはあんまり」

「何言ってんの!そんなだからどんどん女に免疫なくなるんだろうが」


 仕方なくトモキに連れられて何年ぶりかの秋葉原へ行った。
 
 アメリカに行くわけじゃない。

 ほんの2時間で行ける東京。

 だけど行けなかった。

行かなかった。

 車窓から見える風景が田園から住宅街へ、そして都内に近づくにつれて家々がマッチ箱みたいに小さくひしめいていくのを眺めながらヒサシは溜め息を吐いた。


 うさ耳を着けた女の子たちがいちいち語尾にピョンとつけてくる店で、ノリノリのトモキに対してヒサシは引きぎみだった。

 トモキはオムライスにケチャップでLoveとか書いてもらって喜んでいる。


 目の周りを赤く塗った女が頼みもしないのにヒサシの珈琲をふぅ~ふぅ~した時は、

『唾が入りそうで汚いな』

 と飲む気が失せてしまった。


「1000円で~、ノンたんとチェキ撮れるピョン」

 と言われた時は、思わず


「いらないピョン」

 と即答してしまいトモキに頭を叩かれ、ノンたんとトモキのツーショットに何故かヒサシが1000円払う羽目になった。

 内股で変なポーズを決めながらピョンピョン言う度に小首を傾げている少女達を見ていると、ふいにクミを思い出す。

 たぶん21くらいになってるはず。

 住民票も無く身元を保証するものも無く、世の失踪した人達はどうやって職を得ているんだろうか?

 水商売にしたってまともな店では働けないだろうな。

 そんなことを思ってしまう自分は、少しはクミに情をもっていたのだろうか。


 「いってらっしゃいませ、ご主人様~」

 美少女アニメの声優みたいな声に送り出されてヒサシは店を後にした。

 

 
 
    
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