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試験が終わり1年生が修了した。
ローレンシアは寮のお隣さんマルガを通じて文学部の女子学生達と仲良くなり、食べ歩きをしたりお勧めの文芸作品を読んで互いに書評をし合ったりと、それなりの楽しい日々を送っていた。
元々大学進学する女子の割合は少なくて、尚且つ文学部などという直接飯の種に結び付かない学問をしているのは比較的裕福な家の子が多くて、ローレンシアにとっては彼女達の暢気な雰囲気が付き合いやすかった。
その点ローレンシアの所属するコースでは、一部の「経営者のご子息」を除く大半が卒業後の就職や出世が一番の関心事のようだった。
さほど裕福でもない家族が無理をして学費を捻出してくれた学生などは、立派な就職先に勤めて親孝行するというのが切実な願いだったりもするわけだ。
そう考えると入学当初女子3人組に対してローレンシアが持った「計算高い」という印象は、ある意味お金に一切苦労をしてこなかった者の傲慢だったのかも知れなかった。
そういうわけでローレンシアは3人とも決して仲良しなわけではないが、学友としてそれなりに良い関係を保っていた。
そんなローレンシアの目下の関心事は1ヶ月後に迫ったギュンターとの婚約解消である。
婚約解消したら今までのように会ってもらえなくなるのだろうか?
知り合う前の無関係に戻ってしまうのだろうか?
20歳の誕生日が来たら自動的に解消となるのか、それとも教会で誓約書を作ったのだから何らかの手続きが必要なのか。
ローレンシアは得体の知れない不安に押し潰されそうになった。
以前ギュンターに「どうして結婚しないのか」訊いたことがある。
「マトモな家庭が作れる気がしない」
と笑ったギュンターは、
「会社は優秀な社員が継げばいい」
とケロっとしていた。
ローレンシアは婚約者でいられるうちに一度ゆっくり話がしたかったが、このところのギュンターは多忙を極めていて会う時間が全く取れないでいた。
そんな中でローレンシアの夏休みが始まり、今年の夏はレギーナとドーラが大学生活を送るハウプトシュタットに集まることとなった。
「何も無い味気ない街だよ~」
レギーナはそう言ったが、
「国民たるもの一度は首都を見ておくべし!」
ということで、やって来たハウプトシュタットは政府機関が集結した整然と都市計画された街で、道幅は広く碁盤の目のように張り巡らされて機能的に見える一方で無機質な印象を与えた。
「首都って言うからには都会かと思ってた」
「あくまでも政治と行政機関の中枢であって経済の中心地じゃないからね」
「そういう点ではイヌンシュタットとかデメルングの方が大都会だよね」
そんな事を言いながら、国会議事堂のツアーなどに参加してみる。
併設の売店を冷やかす。
議員バッジのレプリカとか議事堂のミニチュアなんかが売っていた。
ちょっと前までの6人なら、すぐに飛びついて要らない物を買っていたのだが、自制心が働くようになっただけ大人になったわけだ。
一行は最高裁判所とか大統領官邸などの外観を見て回る遊覧バスに乗ったりして一通り中心地を観光した。
そしてレギーナとドーラが学ぶハウプトシュタット大学の学生寮に着いた。
歴史ある由緒正しき最高学府は学生寮も文化財並みに立派だった。
国中から、というか留学生もたくさん集まる大学なので、寮には国元から尋ねて来た家族が宿泊できる部屋も備えられている。
ローレンシア達はそこに滞在するようにドーラが手続きをしてくれていた。
「夏休みなのに食堂やってんの?」
「色んな所から学生が集まってるから夏休み期間も帰らない人もいるからね」
「サマースクールで夏休みの間だけ他所から勉強に来る人もいるから」
ふ~ん。とか言いながら行った食堂がまた凄かった。
「え?学食に給仕がいるの?」
席に案内され椅子を引かれて座らされるとビビったアラベラが小声でレギーナに訊く。
「銀食器でちゃんとコースで出てくるわよ」
「えー!うちの学校なんてトレー持って並んでさ、食堂のおばちゃんが投げるようにシチューとか注いでくれるんだよ!?」
「ブロッコリーが傷んでたりとか普通だよね」
とアガーテ&アラベラ。
「うちの学校にはそもそも学食が無い」
とマヌエラ。
「やっぱり国を担う優秀な人材は待遇が違うわね~」
「将来外国の要人と会食するような人も輩出してるからさ、テーブルマナーとかも含めて教育なんじゃない?」
「我々有象無象とは違うわ~」
感心しながらマナーを気にしつつ、緊張しながらもしっかりデザートまで平らげて、面々は部屋に戻って行った。
そして空が白み始めるまで続くお喋り。
そんな楽しい似非ハウプトシュタット大学生なりきり生活三日目、朝刊を握りしめたレギーナが青い顔で飛び込んできた。
資産家ギュンター・シュタインベルガー氏意識不明
記事は交通事故に遭遇したギュンターが重体で病院に運ばれたものの、未だに意識不明であることを伝えていた。
ローレンシアは寮のお隣さんマルガを通じて文学部の女子学生達と仲良くなり、食べ歩きをしたりお勧めの文芸作品を読んで互いに書評をし合ったりと、それなりの楽しい日々を送っていた。
元々大学進学する女子の割合は少なくて、尚且つ文学部などという直接飯の種に結び付かない学問をしているのは比較的裕福な家の子が多くて、ローレンシアにとっては彼女達の暢気な雰囲気が付き合いやすかった。
その点ローレンシアの所属するコースでは、一部の「経営者のご子息」を除く大半が卒業後の就職や出世が一番の関心事のようだった。
さほど裕福でもない家族が無理をして学費を捻出してくれた学生などは、立派な就職先に勤めて親孝行するというのが切実な願いだったりもするわけだ。
そう考えると入学当初女子3人組に対してローレンシアが持った「計算高い」という印象は、ある意味お金に一切苦労をしてこなかった者の傲慢だったのかも知れなかった。
そういうわけでローレンシアは3人とも決して仲良しなわけではないが、学友としてそれなりに良い関係を保っていた。
そんなローレンシアの目下の関心事は1ヶ月後に迫ったギュンターとの婚約解消である。
婚約解消したら今までのように会ってもらえなくなるのだろうか?
知り合う前の無関係に戻ってしまうのだろうか?
20歳の誕生日が来たら自動的に解消となるのか、それとも教会で誓約書を作ったのだから何らかの手続きが必要なのか。
ローレンシアは得体の知れない不安に押し潰されそうになった。
以前ギュンターに「どうして結婚しないのか」訊いたことがある。
「マトモな家庭が作れる気がしない」
と笑ったギュンターは、
「会社は優秀な社員が継げばいい」
とケロっとしていた。
ローレンシアは婚約者でいられるうちに一度ゆっくり話がしたかったが、このところのギュンターは多忙を極めていて会う時間が全く取れないでいた。
そんな中でローレンシアの夏休みが始まり、今年の夏はレギーナとドーラが大学生活を送るハウプトシュタットに集まることとなった。
「何も無い味気ない街だよ~」
レギーナはそう言ったが、
「国民たるもの一度は首都を見ておくべし!」
ということで、やって来たハウプトシュタットは政府機関が集結した整然と都市計画された街で、道幅は広く碁盤の目のように張り巡らされて機能的に見える一方で無機質な印象を与えた。
「首都って言うからには都会かと思ってた」
「あくまでも政治と行政機関の中枢であって経済の中心地じゃないからね」
「そういう点ではイヌンシュタットとかデメルングの方が大都会だよね」
そんな事を言いながら、国会議事堂のツアーなどに参加してみる。
併設の売店を冷やかす。
議員バッジのレプリカとか議事堂のミニチュアなんかが売っていた。
ちょっと前までの6人なら、すぐに飛びついて要らない物を買っていたのだが、自制心が働くようになっただけ大人になったわけだ。
一行は最高裁判所とか大統領官邸などの外観を見て回る遊覧バスに乗ったりして一通り中心地を観光した。
そしてレギーナとドーラが学ぶハウプトシュタット大学の学生寮に着いた。
歴史ある由緒正しき最高学府は学生寮も文化財並みに立派だった。
国中から、というか留学生もたくさん集まる大学なので、寮には国元から尋ねて来た家族が宿泊できる部屋も備えられている。
ローレンシア達はそこに滞在するようにドーラが手続きをしてくれていた。
「夏休みなのに食堂やってんの?」
「色んな所から学生が集まってるから夏休み期間も帰らない人もいるからね」
「サマースクールで夏休みの間だけ他所から勉強に来る人もいるから」
ふ~ん。とか言いながら行った食堂がまた凄かった。
「え?学食に給仕がいるの?」
席に案内され椅子を引かれて座らされるとビビったアラベラが小声でレギーナに訊く。
「銀食器でちゃんとコースで出てくるわよ」
「えー!うちの学校なんてトレー持って並んでさ、食堂のおばちゃんが投げるようにシチューとか注いでくれるんだよ!?」
「ブロッコリーが傷んでたりとか普通だよね」
とアガーテ&アラベラ。
「うちの学校にはそもそも学食が無い」
とマヌエラ。
「やっぱり国を担う優秀な人材は待遇が違うわね~」
「将来外国の要人と会食するような人も輩出してるからさ、テーブルマナーとかも含めて教育なんじゃない?」
「我々有象無象とは違うわ~」
感心しながらマナーを気にしつつ、緊張しながらもしっかりデザートまで平らげて、面々は部屋に戻って行った。
そして空が白み始めるまで続くお喋り。
そんな楽しい似非ハウプトシュタット大学生なりきり生活三日目、朝刊を握りしめたレギーナが青い顔で飛び込んできた。
資産家ギュンター・シュタインベルガー氏意識不明
記事は交通事故に遭遇したギュンターが重体で病院に運ばれたものの、未だに意識不明であることを伝えていた。
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