可哀想な私が好き

猫枕

文字の大きさ
上 下
37 / 65

しおりを挟む
 いつもの学校での何気ない日常が、ローレンシアには何か夢でも見てるみたいに現実感の無いものに感じられた。

 レギーナ達のいつものおふざけが水の中の音みたいに不明瞭に届く。

「お母さんがさぁ、体操服洗うの忘れててさあ朝から喧嘩よ。
 『文句言うなら自分で洗え!』
 とか逆ギレしてきてさ~」

「出た!ババアの逆ギレ!」

「他人のお母さんのことババア言うな」

 彼女たちの笑顔がキラキラしていてローレンシアは泣きそうになる。

 それと同時に、まだ自分にそんな感情が残っていることに小さく驚いてもいた。

『ああ。私は嫉妬しているんだな。
 羨ましいんだ』

 ローレンシアは小遣いをたくさん持っているから何か奢るよ、と放課後皆を連れ出した。
 いつものメンバーだけでなく新しくクラスメートになった子達も、都合のつく子は全員連れて公園に向かった。

 ちょうどリカルド・アイスクリームが来ていて皆でアイスを食べた。

「ローレンシア、皆に奢っちゃって本当に大丈夫なの?」

 誰かが訊いてローレンシアが微笑で応えると、

「スゴイね!美人でお金持ちで羨ましい~!」

 と屈託の無い笑顔を向けた。

 皆はお喋りをしたりレクリエーション・ゲームをしたりして楽しい時間を過ごした。

 ローレンシアはその輪の中で笑いながら、

『あとどれくらいここに居られるのだろう』

 と考えながら、きっと自分が去った後も変わらず幸せに笑い合うであろう彼女達の姿を目に焼き付けていた。

 解散した後も家に帰りたくなかったローレンシアはレギーナを呼び止めて、
 
「カリーブルストでも食べに行かない?」

 と誘った。

 今朝母親と喧嘩したので早く帰って夕食の準備でも手伝いたいと思っていたレギーナだったが、勘の良い彼女は今日一日のローレンシアになんとなく違和感を持っていたので、

「おっ、い~ね~。ショーレも飲んじゃっていい?」

 と快く応じた。


「最初に話かけられた時は驚いたわよ」

 ローレンシアがレギーナにいきなり「あんた」呼びされた時のことを懐かしそうに語る。

「ちょっと馴れ馴れしかったかなー?」

「私に話しかける人なんていなかったからさ、嬉しかったよ」

 ローレンシアが、「あんなことあったよね」「こんなこともあったよね」とレギーナのお陰で学校生活が楽しかったという話を全て過去形で話す事にレギーナは何かしら嫌な予感のようなものを感じていた。

 そうしてさすがにこれ以上拘束するわけにはいくまい、という時間になってローレンシアはレギーナを解放した。
 
 二人はお互い帰路に着いた。

「また明日ね」

 その時ローレンシアは確かにそう言って、振り返って手を振った。


 



 ローレンシアがバス停に着いた時、薄暗がりの中からアードルフが現れた。

 手には大きなボストンバッグを持っている。

 「行こう」

 アードルフはローレンシアの手を不意に掴むと駅の方向に歩き出した。

 呆気に取られたローレンシアは何故か大嫌いなはずのアードルフの手を振り払うこともせずに半ば引きずられるように早足の彼と一緒に歩いて行った。

 駅に着くとアードルフは胸ポケットからチケットを2枚出して改札を抜けた。

 アードルフがチケットを出す間、彼はローレンシアの手を離したけれどローレンシアがそこから逃げることはなかった。

 入鋏された切符を受け取ってもう一度それを胸ポケットにしまうと、アードルフは再びローレンシアの手を取って歩き始めた。

 入線していた列車は東に向かう長距離列車でローレンシアは抵抗することなくアードルフに促されて車両に乗り込んだ。

 空いている席にローレンシアを座らせると網棚にボストンバッグを置いたアードルフは一瞬ローレンシアの向かいに座るか隣に座るか迷ってから隣に座った。


「何処に行くの?」

「・・・遠く」

「すぐに連れ戻されるよ」

 アードルフはそれには応えず車内の別の客達を見るともなく眺めていた。

 やがて静かに列車が動き出した。

 車窓から見える風景は既に夜のものとなっていて、街灯やネオンサインに彩られた市街地を抜けるとすぐに真っ暗な田園地帯となった。

 切符を確認に来た車掌が制服姿のローレンシアをチラッと見て通り過ぎた。

「俺がお前を自由にするから」

 アードルフは前を向いたまま何かを決心したみたいに呟いた。

「そんなの無理に決まってんじゃん」

 フフっと笑ったローレンシアはレギーナの口調を真似てみた。


「肉体労働でもなんでもして、俺がお前を食わせていくから」

 
 『バッカじゃないの?』

 そう心の中で呟いたローレンシアはこのままでは涙がこぼれそうだったので、そっと目を閉じた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ
恋愛
月代結奈は、ある日突然、見知らぬ場所に立っていた。 そこで行われていたのは「正妃選びの儀」正妃に側室? 王太子はまったく好みじゃない。 彼女は「これは夢だ」と思い、とっとと「正妃」を辞退してその場から去る。 彼女が思いこんだ「夢設定」の流れの中、帰った屋敷は超アウェイ。 そんな中、現れたまさしく「理想の男性」なんと、それは彼女のお祖父さまだった! 彼女を正妃にするのを諦めない王太子と側近魔術師サイラスの企み。 そんな2人から彼女守ろうとする理想の男性、お祖父さま。 恋愛よりも家族愛を優先する彼女の日常に否応なく訪れる試練。 この世界で彼女がくだす決断と、肝心な恋愛の結末は?  ◇◇◇◇◇設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。 本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。 R-Kingdom_1 他サイトでも掲載しています。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

殿下が恋をしたいと言うのでさせてみる事にしました。婚約者候補からは外れますね

さこの
恋愛
恋がしたい。 ウィルフレッド殿下が言った… それではどうぞ、美しい恋をしてください。 婚約者候補から外れるようにと同じく婚約者候補のマドレーヌ様が話をつけてくださりました! 話の視点が回毎に変わることがあります。 緩い設定です。二十話程です。 本編+番外編の別視点

【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~

胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。 時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。 王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。 処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。 これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

【完結】婚約者が好きなのです

maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。 でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。 冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。 彼の幼馴染だ。 そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。 私はどうすればいいのだろうか。 全34話(番外編含む) ※他サイトにも投稿しております ※1話〜4話までは文字数多めです 注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)

処理中です...