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しおりを挟むライムントはベルクホーフが所有する駅前の高級ホテルの一室にエヴェリンを軟禁し、外出ができないように24時間見張りを立てた。
ライムントはエヴェリンがギュンター・シュタインベルガーから振り込まれた金に手を付けられないよう口座を凍結しようとしたが、犯罪を犯したわけでもない(やっていることはほとんど犯罪なのだが)個人の口座を凍結することはベルクホーフの家長ライムントにも不可能だった。
ならば苦肉の策ということで、勝手に預金に手を付けられないように身柄を拘束したというわけだ。
この措置には本人も母エーデルも猛抗議をしたが、今度という今度はライムントも頑として譲らなかった。
「金は返してこの話は白紙に戻して貰う。
既にエヴェリンが使ってしまった金額については家で補償するしかないだろう」
ライムントの言葉にテレーゼは言いたいことはあったが黙っていた。
ライムントはかなり下手に出た文章で妹の非常識な約束を白紙に戻して欲しいという内容の電報を送ったが、ヤキモキするライムントを何日も待たせた挙げ句、ギュンターから届いた返信は、
「断る」
の一言だった。
北の地方都市カルトシュタットでは逆らう者は誰もいないベルクホーフだがシュタインベルガーにとってはどうという事もない存在に違いない。
たかが田舎の殿様風情がシュタインベルガー相手に一度決めた約束を反故にするなどあり得ないことなのであろう。
「こうなればコンラートに事情を説明して動いてもらうしか無いだろう。
いくら籍を抜いたからと言って血の繋がった実の娘の為に何もしないなんて非情なことはしないはずだ」
あれこれと事態の解決に向けて動き回るライムントにテレーゼは言った。
「どうして貴方がそんなに思い悩む必要があるの?
あんな子どうなったって関係ないじゃない」
「・・・お前・・・本気で言ってるのか?」
「本気だったら何?
そもそも実の親がいるのにどうして貴方が他所の子の為に心を砕いて尽力するのよ?」
「・・・他所の子・・・って。
お前だって、お前だって、もしルドヴィカが同じ目に遭ったらどうにか助けたいと思うだろう?まだ、たったの17才なんだぞ?」
「ローレンシアは私の子じゃないもの。
大体産みの母親が売るっていうんだから好きにさせとけばいいじゃない」
ライムントは青ざめた顔を妻に向けた。
「なに?その化け物でも見るような目は?
私が非情で酷い人間だとでも?
もうたくさんだわ!ウンザリよ!
エヴェリンが使い込んだ分は補填して慰謝料をベルクホーフから用意するの?
エヴェリンエヴェリンローレンシアローレンシア、もういい加減にして!!
そうね、貴方と私は所詮他人だものね!
血の繋がった者同士で仲良くやっていけばいいわ!」
そうじゃないだろう、とライムントがどうにか妻を落ち着かせようと伸ばした手をテレーゼははたき落とした。
「今までただの一度たりとも私を優先してくれたことあった?!
お義母様の次はローレンシア。
その次はエヴェリン。
いつもいつも私のことは後回し。
何よりも先ず私のことを考えて欲しい!気持ちに寄り添って欲しい!
そう考えるのは我儘なの?!」
ライムントの胸に妻の叫びが突き刺さる。
「すまない。・・・必ずなんとかするから・・・」
疲れ果てた夫が本来は優しい人で、本当はテレーゼを蔑ろにしたい訳ではないが、彼自身がいっぱいいっぱいでどうしようもないことくらいテレーゼにも分かっていた。
分かっていたけど責める言葉が抑えられない。
こんなことならローレンシアがイヌンシュタットの寄宿学校に行きたいと言った時に邪魔しなければ良かった。
それならリーヌスもローレンシアのことなんか忘れてルドヴィカがこんなに悲しまずに済んだかもしれないのに。
数日後、ローレンシアの実父コンラートから届いた手紙には、
「既にローレンシアは籍から抜いてある。
この件に関して自分が介入することはない」
という冷たい文言が書き記されていた。
ライムントは事の成り行きをローレンシアに説明せざるを得なくなった。
「そうなんですか」
一言だけ発するとローレンシアはそのまま沈黙してしまった。
いつもポーカーフェイスのローレンシアだが、さすがにショックを受けているのだろう。
「すまない。私の力が足りないばかりに」
ライムントが唇を噛みしめると、
「伯父様にはいつもご迷惑ばかりおかけしまして、申し訳ありません」
とローレンシアが半ば諦めたような微笑を湛えた。
「先方はなんと仰ってるんでしょう?
私はいつまでここに、学校にいられるんでしょうか?」
「・・・今学期までは大丈夫だろう。
冬休みに入ったらデメルングに来るように連絡が来ている」
「大きい街ですよね」
「国最大の軍港もある」
「・・・どんな人なんでしょうか?」
「・・・私も会ったことはない。
社交の場には殆ど現れない人物らしいからな。・・・調べたところによると、歳は32か33くらいみたいだ」
「そうなんですの」
窓の外に目を向けると暫く前から庭に住み着いた野良猫が子猫達の毛づくろいをしている。
傾きかけた日の光の中で、その光景はローレンシアには輝いて見えた。
猫だって我が子に愛情を注いで懸命に子育てをするというのに。
私は実母に金で売られるのだ。
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