可哀想な私が好き

猫枕

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 いよいよ中等科も最終学年になって、皆さんお待ちかねの一大イベント『卒業研修旅行』に向けての準備期間に入った。

 自由行動の時にどこに行きたいか、何を食べたいか、お土産に何を買おうか期待は膨らむばかりだった。

 そしてグループ編成の時、仲良し同士で固まりたい女子達の間で、お約束の邪魔者ローレンシアの押し付け合いタイムが始まった。

 よくもまあ本人を前にしてそんなことが言えるよな、と呆れるくらいの暴言が飛び交うが、煽動しているのがニヤニヤ顔のルドヴィカときているので先生もやんわりとしか注意できない。

 今回は宿泊を伴うのでさすがにデニスと一緒というわけにもいかない。

 ほとほと困った様子の先生にローレンシアが助け舟を出してやる。

「先生、私、参加を見送りますわ」

 驚いた顔をする先生にローレンシアは続ける。

「一生の記念になる大切な旅行ですもの。
 皆さんの楽しい思い出にキズをつけるわけにはいきませんもの」

 ローレンシアはちょっと困ったように儚げに微笑んで見せる。

 お得意の表情だ。


 先生は暫く無言でローレンシアに憐れむような視線を向けていた。

「この旅行は単位に組み込まれているからねぇ。不参加は認められないんだよ。
 ・・・どうにかローレンシアさんを仲間に入れてもらえませんか?」


 アードルフが提案しようとした。

『仕方ないから研修は俺のグループに入れてやるよ。
 寝る時だけ女の先生の部屋に入れてもらえばいいんじゃん?』

 できるだけ厭々渋々の表情を作っていざ発言しようとした、その瞬間。

「あの、でしたら私は先生とご一緒という訳にはいきませんか?」

 ローレンシアの透き通った声には幾分か甘えるような響きを伴っていて、それがアードルフの脳を痺れさせた。

「先生と二人グループで見学先を回ってはいけないでしょうか?」

 小首をかしげてじっと自分を見つめてくる超絶美少女に男性教師の胸はドキッと跳ねた。

 クラス全員から拒否された美少女が不安気に瞳を揺らして自分を見つめている。

「あ、・・・ああ・・・。
 そう、するしか仕方がないかもしれませんね」

 イーヴォは狼狽しながらも嬉しそうだ。

 ローレンシアの状況は度々教師の間でも話題に上っている。
 教師達は一様にローレンシアに同情的な意見なのだが、ベルクホーフを前にして何もできないことを情けなく思っている。

 教師が一人の生徒に掛り切りになることなど通常であれば許されないことであるが、この場合は致し方ない、というかこれ以外に打開策が無いことに他の教師達も理解を示してくれるだろう。
 研修旅行には他に何人も引率する教師がいるのだから、他の生徒のことは別の先生にお任せしよう。

 宿泊は同行することになっている保健室のおばちゃん先生に頼もう。
 気の良い彼女はきっと快諾してくれるはずだ。


「そうですね。誰も仲間に入れてくれないというのですから仕方が無いですね。」


 生徒達はグループに別れて自由行動の計画を立てることになった。

『ローレンシアが先生と組む』ということに一瞬ピリついた教室だったが、仲良し同士が集まると女子達はすぐにローレンシアのことなんか忘れてお喋りに夢中になった。

 今年30才になるこの男性教師イーヴォ・ハーシュはどこか気の弱そうな凡庸な容姿の持ち主の独身である。

 職業といい家柄といい可もなく不可もなくといった存在で、今までに浮いた話の一つも無い男だった。

 だからこの件について女子達は、

「担任と自由行動なんて惨めじゃない?」

「それ、不自由行動じゃん」

 とクスクス笑ったあと、すぐに関心を薄めてしまったが、一部の男子達はそういうわけにはいかなかった。

 イーヴォの机の側に椅子を持って移動したローレンシアは旅行ガイド片手に何やら相談しているようだった。

 時に顔を寄せ合うように本を覗きこんで、目を合わせて微笑み合う二人は傍目にはデートの計画を立てている初々しい恋人同士のようにさえ見えた。

 男子達はそんな二人をチラチラ盗み見ながら自分たちの自由行動の計画を立てたが、盛り上がらないことこの上なかった。

 アードルフは嫉妬で震えそうになるのを周囲に悟られないように必死で抑えた。

 担任のヤツ!いい年してローレンシアに微笑み掛けられて舞い上がってやがる。

 自分の半分くらいの年の女の子に、しかも生徒相手に、なんてけしからん男なんだ!

 二人は一体何処をどう回るつもりなんだろうか。

 アードルフはローレンシアが決して自分には見せたことのない可愛い笑顔でイーヴォに話しかける姿を離れた席から睨みつけた。

 

 

 
 

 
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