やるの?やらないの?

猫枕

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隊長に敬礼!

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 〈雀っ子クラブ〉の一件ですっかり自信を無くしてしまったアベルはエリーに会いに行くこともできずに仕事に没頭する一週間を過ごした。

 あの日ニールセンは、

「気にすんなよ、運が悪かっただけさ。
 ・・・何が違うのかって?

 俺にもわかんねぇよ。

 確かに存在するよな、見えない境界線が。

 『今日のワンピース似合ってるね』

 って言っただけなのに、

『セクハラ!ユニオンに訴えてやる!』

 って言われるオヤジとかさ」

 とアベルを慰めようとしてくれたが、それは『明確にはわからないけど確実に存在する何か』によってこれからも拒絶される未来が約束されているようで、余計にアベルの心を沈ませた。

『今までは拒絶されても諦めずにエリーに会いに行くという態度を示す事が誠意だと思ってきたけど、それは俺の独りよがりの自己満足だったのかな。
 エリーは本当に迷惑してるのかもしれない』

 きっぱりと結婚を諦める決心がつかないままアベルは悩ましい日々を過ごしていた。


 一方でエリーは何度断ってもめげずに毎日通って来ていたアベルがパッタリ来なくなったことに、清々した反面なぜか物足りないような面白く無いような気持ちもしていた。

 そんなイラつきを察したニールセンが、

「あんまりオマエが冷たくするから諦めて他のもっと優しい女の子を探してんじゃない?」

 なんてからかって来る。

 会えばイライラさせられる相手だが、会わなくても落ち着かない気分にさせられるなんて、ホントに腹立つ!

 エリーは気分転換に一人で日曜の街に出掛けた。

 好きな作家の新作が出ているはずだから本屋を覗こうと思って歩いていると、前方に見覚えのある男性が歩いている。

 立ち姿がまさしくアベルなのだが、様子がおかしい。

 ダッサイ服を着ているし髪の色がダークブラウンだ。

 『あれ?別人かな?

 でも、すごく似てる』

 エリーはそっと回り込んで顔が確認できる位置に移動した。

 『変な眼鏡・・・一瞬、別人みたいだけど、あれは間違い無くアベルよね?
 変装なんかして何してるのかしら?』

 一般人に紛れて市場調査でもしているのかしら?それにしてももうちょっと普通の人に見えるファッションにすればいいのに・・・ワザワザあんな見苦しい格好をするのはナゼなのかしら?

 そんなことを考えながらエリーは隠れてアベルを見ていた。

 すると、通りの向こうから似たような独特のファッションの男性二人組が現れて、

「いやはや、いやはや、パトロールに思いの外時間を食われてしまったでござるよ」

「お待たせメンゴ」

『ござる?』

「「それでは隊長に敬礼!」」

 二人はアベルに敬礼した。

 とにかく声がデカい。

 道行く人々が不審な者を見るような侮蔑的な一瞥を投げて通り過ぎて行くが、三人はお構いないしに盛り上がっている。

 「なんとなんと!拙者、例の砲台キット、ゲットしちゃいました~!」

 わーパチパチと拍手する三人。

 『通りの真ん中で何やってんの?
 ってか一人称拙者?
 ホーダイって何?

 ツッコミどころ多すぎ!』

 三人は、いやはやいやはや、とか、ござる、とか言いながら普通の人間には理解できない事を暫く話してから移動を始めた。

 エリーも後をつけていく。

 三人が辿り着いたのはメインストリートから外れた路地裏にある寂れた雰囲気の喫茶店だった。

 彼らに似合ってる、といえば似合っている。

 時間を少しずらしてエリーも入店する。

 入ると同時に店内一面に〈アストロ・ライダー〉のポスターが貼られていて、至る所に模型が飾られているのを見て、ここがどういう場所なのか一瞬で理解したエリーは、

「いらっしゃいませ」

 と場違いな少女客の来店に一瞬目を丸くするマスターにシッ!と口の前に人差し指を立てて見せた。

 エリーは目だけを動かして三人の方に視線を向け、小声で

「敵情視察」

 というと、マスターは目を輝かせて無言で大きく2回頷いた。

 マスターは三人に気づかれないようにエリーを衝立ついたてで隔てられた席に案内した。

 三人の会話が良く聞こえるし、衝立の隙間から様子を伺い見ることもできる。

 しばらくするとコーヒーが3つ運ばれて来た。

「「「艦長に敬礼!」」」

 三人はマスターに敬礼した。

『艦長と隊長、どっちが偉いのかしら?』

 すると三人はそれぞれのバックパックをゴソゴソして、お揃いのキャップを被った。

 確かアストロ・ライダーの映画で戦艦の隊員がそんな帽子を被っていたな、とエリーは思う。
 側面の斜めのラインがアベルだけ一本多いので、なんか階級が上っぽい。知らんけど。

 まあ、外で被らないだけマシか。

「セントラル・ステーションに出来た話題のカフェに視察に行ったんだが、オーダーの仕方がわからなくて拙者撃沈したンゴ」

「き、貴様!あのような浮っついた若者が集う場所に浮気しようとしたのかっ!!」 

「ワイ等のオアシスはここだ!」

 アベルは隊員Aをビンタするジェスチャーをする。

 隊員Aは打たれたジェスチャーをして頬に手を当てながら、

「申し訳ありませんでした!」

 とか言っている。

 全く何をしているのやら。

 それから三人はエリーには全く理解不能な話題で盛り上がり、何が面白いのか全くわからない箇所でフホォホォホォホォ
と気色の悪い笑い声を立てた。

 あ~。これが世間で蔑まれている中毒者アディクター(※アディクターという言葉は作者の造語)って奴等か。
 
 マニアっていうとちょっと知的な感じがして腹立たしいので、世間では彼らを指す蔑称としてこの言葉を使うらしい。

 隙間から覗き見たアベルは今まで見たこともないくらい楽しそうに笑っている。
 いつもより若干声が高い。

 エリーは初めて素のアベルを見た気がした。

 すると近況について振られたアベルが、

「ワイ終了www」

 と言った。

「エマージェンシー!エマージェンシー!隊長に緊急事態!」

『えっ?一人称ワイ?』

「どうしました?隊長」

「ワイ、嫁に死ねって言われたwwwオワタ」

『嫁じゃないし!』

「・・・元気出してください隊長!」

「そうですよ。
『死ね!逝け!キモイ!』はワイ等にとっては『元気?いい天気ですね』くらいの軽い挨拶じゃないですか」

「そうですよ。ワイなんか道を歩いているだけで見ず知らずの人が気軽に投げつけてくるンゴww」

「そ、そうか。じゃ、あれは、『おやすみ』とか『またね』くらいの意味だったんだろうか?」

『そんなわけないだろうが!』

 
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