嘘つき女とクズ男

猫枕

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 滞在先のホテルにアディヤとロバートが連れだって現れると、皆は驚いてロバートを歓迎したが、二人の間に流れる気まずさのようなものを感じ取るとはしゃぐのを止めて静かになった。

 アディヤは決してロバートと仲直りしたわけではなかったが、一方で長年の情を裁ち切る決心もつかなかったので、今後のことについてはひとまず保留という形になった。

 首の皮一枚つながったロバートは、わかりやすく喜びの笑みを浮かべ、あれやこれやとアディヤのご機嫌を取ろうとしていて、

『この人、なし崩し的に何もなかったかのように元に戻る気だな』

 という見え見えの態度が一層アディヤをイラつかせもした。



 「研究の方はまだ時間がかかるのかね?」

 夕食の席でロバートがヴィッラーニに聞いた。

「お陰様で今回の調査に関してはほぼ完了しました。
 このような素晴らしい機会を与えてくださったことに感謝します」

 「そうかい。じゃあせっかくだからメディウム マレの島々を廻って遺跡を見るというのはどうかね?」

 「素晴らしいですね」
 
 ヴィッラーニも喜んでいるが、それ以上に感動したのがキャサリンだった。

「私の両親はヘカテイア諸島の女神信仰について調べていた学者だったんです。
 まさか両親が情熱を傾けた場所を目にする機会がくるなんて思ってもみませんでした」

 目頭を熱くしているキャサリンの隣で驚いたのはヴィッラーニだった。

「キャサリン。君のご両親はお名前をなんとおっしゃるのかい?」

「デヴィッド・マークスとローラ・マークスです。
 私は母方の叔父の養子になったから名字が違うんです」

「なんてこったい!」

 ヴィッラーニは額を押さえて天を仰いだ。

「『月の女神の系譜』のマークス夫妻だね?
  私はあの論文を読んで歴史考古学の道に進んだ。
 マークス夫妻は私の人生の師なんだよ」

 今度はキャサリンが驚く番だった。

「両親が亡くなった時に残した遺稿があって、私はいつかそれを本にするのが夢なんです。
 学術書なんて売れないから、何冊か作って図書館に寄贈とかできないかなって」

 オイオイオイオイオイオイオイ!

 ヴィッラーニとヒースが合唱する。

 先生は是非その遺稿を読ませてくれと、ヒースは

「ボクが絶対にそれを製本して世に出してやるから」

 と言った。


 一行はニレルを後にしてメディウム マレ クルーズに出発した。


 
「先生、いい加減結婚したら?」

 甲板で風に吹かれながらヒースが言った。

「うるさい。今回の旅行でプロポーズするつもりなんだよ」

 ヴィッラーニは指輪も用意してきていると言った。

 そしてその話はあっという間にカトリーヌとアディー&ナディーの知る所となり、彼女達の間に内緒の計画が持ち上がった。


ヘカテイア諸島の本島にたどり着いた。

 一神教に駆逐されて遥か昔に失われた神々への信仰の痕跡を今に伝える女神ヘカテーに捧げられた神殿跡を見学する。

 感動にうち震えるキャサリンとヴィッラーニを残して一行は町に向かう。

  この後ヴィッラーニはキャサリンにプロポーズする予定である。

 町には観光客を当て込んだ土産物屋や骨董品屋、民族衣装の店やら金細工の店などが軒をつらねて賑わっていた。

 「子供達の面倒見てて」

 アディヤが有無を言わせない圧でロバートにキース&ニールを押しつけると、ロバートがあからさまに狼狽した。

「そうよね、子供の相手なんかしたことないものね」

 アディヤのつんけんした言い方に、

「どうすれば・・・」

 顔色を伺うロバート。

「適当に何か食べさせたり遊ばせたりしとけばいいのよ。
 メイドに任せればいいなんて思わないでね。
 迷子にさせたりケガさせたりしたら許さないから」

 「・・・はい」

ロバートはヒースに救いを求め、『計画』
 の方に参加したかったヒースは自分の弟たちのことであるし、断るわけにもいかず、ほとんど面識のなかった義父と二人でちょっと気まずい子守りをすることになった。

  
 一方の女三人組は盛り上がっていた。

 民族衣装屋で月の女神にちなんだ純白の絹に銀糸の刺繍がふんだんに施されたドレスと見事なレース生地を見つけた。

 その後アクセサリー屋でネックレスとイヤリング、銀線細工屋で見事な腕輪を買った。

「靴!靴はどうするの?」

  ナディヤがそう言った時、通りの反対側の店先に、まあ、これも観光客向けの土産物なのか仮装用なのか、いかにも古代の神々が履いていたっぽい革のサンダルが並んでいた。

 「あ~やれやれだわ。
 上手くいくかしらね?」

 「上手くいかせるのよ」

 一通りの買い物を済ませた三人がカフェで一息ついている。

「プロポーズ失敗とかないよね?」

「不吉なこと言わないでよ」

「なんかこのコーヒーすごく甘いけど美味しいわね」

「あ!キャサリンはいいとしてヴィッラーニ先生の衣装考えてなかった!」

 三人は再び民族衣装屋に戻って行った。

 明日の夜は満月だ。



 船に戻って来たロバートはひどく疲れて見えた。
  しかしヒースとはすっかり打ち解けている。
 
 長年親子をやってきてはいるが、未だ父との距離感が掴めないでいるカトリーヌは『ヒース恐るべし』
 と感心しつつも少々複雑な心境になった。


「いや~男の子っていうのは元気だな」

 疲れたように笑うロバートに、

「最初から大人だったみたいな言い方ね」

 アディヤの声はまだ冷たい。

「違うんだ。ユージンにだってそんな時期があっただろうに・・・私はとても貴重な時間を失ってきたんだな・・・すまなかった」

 「・・・・」




「え?今から出掛けるんですか?
  もう暗くなりますよ?」 
 
 キョトンとしたキャサリンを連れ出す。

「なんか皆さんお洒落してません?
 私だけ普段着なんですけど?」

 皆キャサリンの問いには応えずに、ニヤニヤしながら歩いていく。

 着いた先はヘカテーの神殿跡。

 用意していたテントに押し込まれたキャサリンが着替えとメイクを施されていく。

 「うわ~スッゴイ綺麗!」

「月の女神!」

 「???なに?」

 
「こっちは準備万端だぞ~」

 ヒースの声がしてテントを出る。

 祭壇の両側には松明が灯され、美しい南国の花が飾られている。

 着ることに抵抗を示したという古代の神様みたいな衣装のヴィッラーニがキャサリンに手を差し出す。

 頭に月桂冠まで載せている。

「私達の結婚式を計画してくださったんだ。
 ここで式を挙げれば、きっとキャサリンのご両親も見てくれるはずだって、アディヤさんが」

「・・・・」

 キャサリンの目にブワーッと涙が溢れてきた。

 「そんなに泣いたらせっかくの綺麗な顔が台無しになっちゃうよ」

 キャサリンがヴィッラーニの手を取って祭壇に向かって歩き出すと、船から移動してきてスタンバっていた楽団の音楽が流れる。


 それっぽい音楽にしてよ、というアディヤの無茶な要望にも急遽町で買ってきた竪琴や笛などの民族楽器でなんとなく対応するのだからプロは流石である。

 月明かりに照らされたキャサリンはキラキラ輝く銀糸の刺繍の純白のドレスに包まれて神々しいまでに美しかった。

 
古代の結婚式がどういうものか、その辺は全く分からないので適当である。

 骨董店で買ってきた、いかにもな感じの杯にワインを入れて互いに飲ませる、という儀式をロバートの司式で行う。

 ロバートはどこだかの国でそういう儀式を見たと言い張るが、真偽のほどは定かではない。

 兎に角、互いに愛を誓い合う言葉を述べ、感動の内に式は無事終わった。

 満月が海面を照らし、とても幻想的な式だった。




 

 





 


 

 

 

 


 




 
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