嘘つき女とクズ男

猫枕

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  ニレルの港に降り立つと乾燥した西の国の明るい日差しの中にカラッとした風が吹いてきた。

 久しぶりに懐かしい故郷に降り立ったアディヤは嬉しさと切なさの入り混ざったような表情で笑った。

 停泊した港で10日程は船をホテル代わりに使うことになる。
 仕事で帰らなければいけないユージンとラルフを乗せて一旦帰国したテティス号はその後再び一行の帰国に合わせてニレルに戻ってくるという予定だ。
 船が本国に帰っている間はホテルに滞在する。

 一行は一通り首都近郊の観光名所を見て回った。
 
 かつての戦乱時代の遺構である城塞後や神殿など、今は廃墟となってはいるが古の壮麗さの残り香を伝える建築物や彫刻などを見て回る。
 白い大理石の壁が青空に映える。


「かつて神殿の内部は全て純金で覆われていたらしい」

 ヴィッラーニ先生の説明に息を飲む一行。

 伝承によるとこの辺りに高さ4メートルを超える2体の天使ケルビム像が翼を広げていたそうだ。

「金は皆で剥がして持ち去ったのかな?」

「うちの国でも古墳を削ってしれっと自分の農地にしてる人もいるもんね」
  
 全く損得の話しかしない連中である。


 

 翌日からはヴィッラーニ先生とキャサリンはニレルの考古学アカデミーの発掘に参加するということで、他の皆とは別行動となった。

 残りの皆はバザールで食べ歩きをしたり土産物屋を覗いたりして異国の空気を楽しんだ。


 週末はキャサリン達も研究はお休みで、皆で遠出をした。

 「塩の海」というメチャクチャ塩分濃度の濃い海に行った。
 目に入ったら冗談抜きで危険、ということで、全員水中メガネみたいなのを装着させられた。


 泳げないカトリーヌもプカプカ浮いてしまう。

 この海の泥が美容に良いというので、アディー&ナディーが狂ったように全身に塗りたくっているのを他のひとたちは呆れた顔で見ていたが、

「うわ~、お肌スベスベ~」

 の声に結局全員がゴーレムになった。

 「この泥、輸入して化粧品として売り出せそうだな」

 とユージンはこんな時でも商売のことを考えているようだ。
 
 そんなユージンを見て商人の鑑と感心していたヒースが翌日訪れた博物館で熱心にスケッチをしている。


「なにやってるの?」

 とカトリーヌが聞くと

「素敵な紋様だから、デザイナーにテキスタイルに起こしてもらって布にプリントしたら面白いかと思って」

 と言う。

 「素敵!ヒースが絵が上手いって知らなかった。
  じゃあ、昔のアクセサリーのレプリカをガラス細工とか使って安価に作るというのは?」

「『エリヤの眼』とか?
 若い女の子に流行りそうだね」

 二人は顔を見合わせてプフフと笑った。

「私、じっとヒースの帰りを家で待っているより一緒に働いて商売を成功させたい」

「・・・一生懸命仕事して、1日も早く欲しいものは何でも買ってやれる男になりたかったんだけどな・・・・君が望むなら、・・・そうだね、仕事中も一緒に頑張れるって素敵だよね」

 ヒースは右手を差し出して握手を求めてきた。
 なんだろう?と思いながら差し出したカトリーヌの手を固く握ってヒースは言った。

「意見が合わない時はとことん話し合おうね。
 これからずっと仲良くしていこうね」


 

 皆が其々に旅行を楽しんでいた。
 

「このロケーションに美味しい料理とワイン、そこはかとなく漂ってくるスパイシーな空気感にエスニックな音楽・・・最高!」
 
 とナディアはご機嫌だった。

 夫のラルフは仕事の都合でユージンと共に既に帰国していたが、10日も夫婦で休暇を楽しんだのは結婚以来初めてのことだった。

 「息子3人でしょ?毎日が戦場よ。
 こ~んな天国みたいな経験させてもらって感謝してるわ」

 喜ぶナディアに笑顔を返しながら

『最終日に私は船に乗らずにここに残るって言おう。
 皆困るかな・・・』

 とアディヤは一人思案していた。



 翌日アディヤは故郷の町パルデースを訪れた。

 元は裕福な家に生まれたアディヤだったが内乱で家族を失い孤児となった。

 叔父夫婦に引き取られたが、叔父も従軍して戦死した。

 内乱平定後、叔母、従姉妹と肩を寄せあって暮らしていたが生活はギリギリだった。
 そんな中で今度は叔母が病魔に襲われてしまう。

  途方に暮れている時にやって来たのが裕福な異国の商人ロバート・ソアルーサーだった。

 アディヤに一目惚れしたロバートは叔母が医者の診療を受けるための、そして残された母と娘が充分に暮らしていけるだけの資金と引き替えにアディヤを自国に連れ帰った。

 アディヤに選択の余地は無かった。

 懐かしくも苦味の残る気持ちを抱えて町に通じる門を通る。

 そこに至る道も美しく整備されていて、20数年前の記憶の町並みとは随分違っている。

 記憶を辿って歩いたが、そこにあったはずの長屋は跡形も無く消えていた。

 呆然と立ち尽くすアディヤに通りすがりの婦人が声を掛けてきた。

 「何か探してるのかい?」

 「・・・この辺りにネリアとリアーナという母娘が住んでいたのをご存知ないですか?」

 婦人はアディヤを少し無遠慮に見回してから、

「貴女、もしかしてアディヤさん?」

 と聞いてきた。

 婦人はアディヤの質問には答えずに、

「貴女のお陰で私達は助かったんだよ!」 
 
 と興奮して捲し立てた。

「学校も作ってもらったし、道も側溝も整備されたし橋だって頑丈なのができてね。
 仕事まで色々作ってくれて経済的にも安定したんだよ」

 
「?・・・あ、あの、それでネリアさんは・・」

「あー、残念ながらネリアさんは亡くなったんだよ。
 もう10年くらいなるかな。
 でも娘さんの方は元気だよ。
 結婚して幸せに暮らしてるよ」

  婦人に教えられた場所に行くと立派な邸宅が建っていた。

 呼び鈴を鳴らすと使用人とおぼしき少女が出てきた。
 突然の来訪の失礼を詫びて、自分がアディヤだと告げると、 少女は最後まで聞かずに

 「リアーナ奥様~」

 と叫びながらいなくなってしまった。

 するとリアーナを先頭にドヤドヤと家中の人が玄関に押し寄せ、口々に中に入って休め寛げ何か飲め食べろと大騒ぎになった。

 圧倒されながら引っ張られたり押されたりしながらアディヤが客間に到着すると、
今度はアディヤをまじまじと見たリアーナがワーッと声を上げて泣き出した。

「突然ゴメンね。
 手紙出そうと思ったんだけど、手紙より本人が先に着いちゃうから直接来ちゃった」

 何を考えているのかおくびにも出さない貴族社会の窮屈に生きてきたアディヤは、この感情を隠そうともしない愛すべき人達を前にして笑みが溢れてしまう。

 「・・・ネリア叔母様は亡くなられたって、さっき町の人に聞いたの。
 ・・・お世話になったのに、お葬式にも来なかったなんて・・」

 「気にしないで。母があれから10年以上も生きられたのはアディヤとロバート様のお陰なんだから」

  ネリアはアディヤに会いたがっていたが、感謝しながら穏やかな最期を迎えたそうだ。

 皆が口々にロバートがニレルとパルデースの町の為にどれ程尽力してくれたかを誉め称えた。

「今はね、水汲みに行かなくていいのよ」

 ロバートは上下水道の整備もしてくれたし、それに伴う公共事業によって住民は仕事を得た。

 次々に聞かされるロバートの献身についてアディヤは何も聞かされていなかった。

「・・・でも、どうして里帰りの一回もさせてくれなかったのかしら・・」

 手紙を書いても返事がもらえなくなったことを問いただしてみると、

「ロバート様から禁止されたのよ」

 と困り顔をする。

「ロバート様は無理矢理あなたを連れて行ったようなものだから、ずっと怖かったみたい」

 「なにが?」

「アディヤがニレルに帰ったら、二度と自分の所には戻って来ないって思い込んでいたみたい。
 だから私が手紙を書くことも止めて欲しいって」

「・・・・」

「ロバート様が私達に良くしてくれたのは罪滅ぼしの意味合いもあったんじゃないかしら。
 私達の生活が良くなれば貴女も安心すると思ったんじゃない?」



 リアーナはしきりに泊まっていくよう引き留めたが、アディヤは後でカトリーヌを連れて来るからとリアーナの家を後にした。
 
 一人で歩きたかったのだ。

 もう二度と戻らないつもりで家を出てきた今回の旅行。
 知らなかった夫の一面に形容し難い思いに襲われる。

 自分の大切な人達の為に私財をなげうって尽力してくれたことには感謝するが、それならそうと言ってくれれば良かったではないか。

 夫とすら通訳を介してしか話ができない状況で、自分は気が狂う程の孤独の中に置き去りにされたのだ。

 持ち出して来た貴金属を元手に小商売でも始めて穏やかに余生を過ごすつもりだった。

 しかし町の人々の反応を見ると、ロバートを棄てて逃げ帰ったアディヤは恩知らずの馬鹿女扱いになるのだろう。

 アディヤの心にふと浮かんだのは、いつも人懐っこい笑みを浮かべてなんでもカトリーヌの意思を確認するヒースの姿だった。
 
二人はしょっちゅう下らないことで喧嘩していたが、すぐに仲直りしている。

 羨ましいな。

 アディヤは怖くて喧嘩なんかできなかった。
 
 意見なんか言って怒らせたら居場所なんかなくなると思っていた。

 アディヤはシュロの植栽の広場のベンチに座って、沈む夕陽をぼおーっと眺めていた。
 日没になったら暗くなるから急いで皆の所に行かなくちゃ、と頭では考えるが一向に足が動かない。


「アディヤ!」

 聞き覚えのある声に振り向くと、焦りまくった表情のロバートが両手を膝に置いて息を切らせて不格好な前屈みで立っていた。


 

 

 

 




 

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