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しおりを挟むもうすぐ卒業という時期になった。
裏庭で弁当を食べるのもあと少し。
ヒースがカトリーヌに言った。
「ユージンさんから聞いてると思うんだけど、ボク卒業したらユージンさんの下で商売の勉強させてもらうことにしたんだ」
「うん」
「それで3年をメドに自立できるように考えてるんだけど、待っててくれる?」
「うん」
「今までみたいな贅沢な生活はさせてやれないけど、それでもいい?」
「うん」
「カトリーヌのお母さんとお兄さんはオッケーっぽいんだけど、ボク、まだ一度もお父さんに会ったことないんだよね。
お前になんか娘はやらん!!
とか、そういうタイプ?怖いんだけど」
「・・・あの人は商売にしか興味が無いのよ。
大丈夫、反対なんてさせないから。
それより私がヒースのご家族に気に入られるか、そっちの方が心配よ」
「カトリーヌを気に入らないわけないだろう?
まあ、あまりの美しさに母ちゃんが嫉妬するかもしれないけどな」
「いや~ん、イジメられちゃったらどうしよ~」
「そん時はボクが退治してやるから安心して」
「あーハイハイお熱いですねお二人さん」
キャサリンが遅れてやって来た。
「そういうキャサリンは卒業したらどうするの?」
「ヴィッラーニ先生が大学の研究室に戻るんだって。
それで私も一緒に行くことにしたの」
「大学に入るの?」
「そうできればいいんだけど、暫くは聴講生をしながら先生の助手のアルバイトをすることになるわ」
「へえ~。なんかよく分かんないけど、スゴいね」
「結婚するの?」
「やだぁ、もう」
赤くなるキャサリン。
「しないの?」
「プロポーズされたわけじゃないから、ぬか喜びとかなるといけないし」
そう言うキャサリンの顔からは喜びがこぼれていた。
「『君のそのお下げをほどいた姿を最初に目にするのは私だ』って、これどういう意味?!」
くぅ~っと悶えるカトリーヌに、
「どういう意味?どういう意味?」
と何度も詰め寄るキャサリン。
カトリーヌがキャーキャー言う。
「なんかエロくないか~?先生がそんなエロいこと言っていいのか?タイホッ、タイホッ」
と騒ぎながら、ヒースは
『女同士って何でも喋っちゃうのか~?
・・・じゃあ、この前のキスのこととかもキャサリンに筒抜けなのか~?』
とゾッとした。
その頃グレアムは卒業後の進路について少々揉めていた。
グレアムがフォルコンリー侯爵家の嫡男であるにもかかわらずティメンテス家に婿入りすると言い出したからだ。
そもそもグレアムがセリーヌと結婚するということ自体にセリーヌの父が前向きではなかった。
グレアムの人間性を信頼しきれていなかったからだ。
それでもしつこく日参してきて
『二度とお嬢さんを悲しませるようなことはしません』
と言われ、可愛い娘からも懇願されれば気持ちも動いてくる。
決まった女性がいるのに他の女性を愛してしまったのは大臣も同じ。
グレアムに対してそんなに強く出られない自分もいた。
「そう言われても、ウチにはセリーヌしか後継ぎがいないからなあ」
と、諦めてくれ、という願いを込めてそう言うと、
「婿になります!」
と即答されてしまった。
どの道、あんなスキャンダルを起こしたセリーヌにまともな縁談はこないだろう。
とても優しい子だが、教養もマナーも他所に嫁がせるには不安がある。
グレアムへの恨みがすっかり消えたわけではないが、案外良い解決策なのかも知れない。
グレアムがティメンテス公爵家に婿入りする意向を示すと、案の定父親は難色を示したが、意外なことに母親は何も言わなかった。
「好きな人と結婚できる方がいい」
そう言って柔らかく笑った母は、すっかり毒気を抜かれたようになっている。
フォルコンリー侯爵家はサンドラに継がせるという方向で話はまとまり、グレアムは学院を卒業したらセリーヌと結婚することになった。
卒業式を翌週に控えたある日、カトリーヌは母アディヤと二人でカフェに行った。
最近話題になっている『フワフワ苺タワーケーキ』なるものを食べたいとアディヤが言ったからだ。
「先に倒した方の負けだからね!」
謎の宣戦布告をしてきたアディヤ。
一番上の真ん中にある苺は最後まで落としてはいけない、とかわけのわからないルールを押しつけてくる。
「とにかくヒマだったから」
というアディヤは『食堂に向かう間息を止める』、とか『廊下を歩く時は絨毯の赤い花だけ踏んでいく』とか、いずれも失敗すると死ぬ遊びを考案して自分だけで楽しんでいたらしい。
カトリーヌとアディヤが馬鹿話で笑っていたら、一人の女性が近づいて来た。
アディヤの顔が曇る。
グレアムの母だ。
「たくさん嫌な思いをさせて、申し訳ありませんでした」
いきなりの謝罪の言葉に驚く二人。
「あ、・・・えっと、お座りになります?」
椅子を勧めたがグレアムの母は小さく首を横に振った。
「謝って許されるわけじゃないけど」
彼女は立ったまま話続けた。
少し離れた席から彼女の夫が心配そうな目を向けていた。
「意地悪をしたこと、お金のこと、カトリーヌさんのことも、他にも色々、悪かったと思うわ。
ごめんなさい。
私は貴女に嫉妬していたの。
私の夫も貴女に夢中になって、許せなかったの。
貴女がご主人に大切にされて豪華な装飾品を身につけているのも妬ましかった。
本当にごめんなさい」
アディヤはフッと笑った。
「私は、いつもご主人が一緒にいてくれるアナタが羨ましかったよ」
グレアムの母はハッとした顔をして、それから柔らかく微笑んだ。
「ケーキ先に倒した方が負けね。
勝負するか?」
「また今度にするわ」
自分の席に戻った彼女に夫が言った。
「私も今度ロバートに会って、きちんと謝罪しよう」
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