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しおりを挟むどうしてこんなことになっているんだ?
フォルコンリー侯爵は頭を抱えていた。
妻の様子はもはや病状というのが適切な状態になっていた。
感情を失くしたような顔でブツブツ呟いている妻が私の顔を見るなり目をギラギラと光らせて
「私がいなくなればいいと思ってるんでしょう?」
などと叫びながら襲いかかって来るが、力弱い妻はすぐに私に腕を押さえられメソメソと泣き出すのだ。
妻は何かを恐れ怯えているが、それが何なのかいくら聞いても教えてくれない。
どうやら私とアディヤの仲を疑っているようだが、誤解だと言えば言うほど神経を高ぶらせて喚き暴れて手のつけようがなくなる。
私が抱きしめて頭を撫でると、
「ごめんなさい、ごめんなさい」
と繰り返し、
「グレアムの婚約解消をお願いよ」
と泣くのだ。
私はそんな妻に
「心配いらないよ。愛してるよ」
と繰り返す。
もう一刻の猶予もない。
追い詰められた私に、そんなことをしている余裕は無いのに。
ソアルーサー邸の応接室でこの家の長男と対峙する。
私は慇懃な笑みを浮かべているこの若造が苦手だ。
「そうは言われましてもね、宝石やドレスを買うんじゃないんですから私の一存ではなんとも」
こっちの焦りを弄ぶかのようにのんびりとした口調で言う。
「ならばお父上に話を通して、」
「少なくともあと2ヶ月は帰りませんよ」
「木曜!木曜までに利子だけでも払わなければ邸が差し押さえられてしまう」
ユージンは侯爵の話など聞いていなかったかのように優雅にゆっくりとお茶を飲む。
「総額でいくらなんですか?」
ご機嫌いかがですか?のトーンでユージンが聞いてくる。
侯爵は屈辱に震えながらも、
「・・・100は超えていると思う」
「100億?随分膨らませましたね。
何にお使いに?」
「投資に失敗した・・・。
銀行以外の高利貸しの金利が嵩で・・・もうどうにもならない」
「へーえ」
ユージンは何も聞かなかったように、皿から菓子を一つ摘まむと、
「これ、美味しいんですよ。
侯爵もどうですか?」
口に放り込んで、侯爵の目をじっと見ながら咀嚼した。
馬鹿にしやがって、この若造が!
まったくイライラする!
「・・・と、とりあえず利子分だけでも払わなければ邸を取られる・・・」
ユージンは両手の指を組んでそれをぐっと天井に向けて伸ばして、フハァーっと言った。
「まあね、現状、ソアルーサーの裁量権は私に移管しつつありますからね。
どうにかして差し上げない訳でもないですよ」
「本当か?」
「でもね、私の経験上大抵の人間は借金は少なく言うんだよね」
「・・・170位にはなっている」
ユージンは呆れたような笑みを漏らす。
まあ、200だけどな。
「全額肩代わりしましょう」
「本当に?!」
「但し条件があります」
「なんだ?」
侯爵はお願いする立場なのを忘れたのか、不機嫌そうに眉を寄せた。
「ご子息と妹の婚約を解消していただこう」
「何故だ?」
「妹には幸せになってもらいたい。
それだけですよ」
ソアルーサーがこれを機にフォルコンリーと手を切りたいと考えているのは分かりきっている。
なにが妹の幸せだ。
これ程の金蔓を手放すのは惜しいが、この10年近く随分無茶を言って大金を絞りとってきた。
もう潮時かもしれない。
侯爵は妻の疲弊した顔を思い浮かべた。
『グレアムとカトリーヌの婚約を解消して』
「分かった」
「それと」
侯爵の返事に被せるようにユージンは言った。
「港湾使用権と製鉄所は返還いただこう」
「なんだと?!」
「まさか侯爵200億にも届こうかという借金を破談だけでチャラにできるとでも?」
お前の息子にどれ程の価値があると思ってんだよ。
「・・・あれを持って行かれたら、我が家の収益が激減する」
「なんなら金貸しから債権丸ごと買い取って、破産に追い込むこともできる。
それをしないのは今までお付き合いしてきたご縁に対する情じゃないですか~」
ユージンは嘘臭い笑みを浮かべて、いかにも同情しているような言い方をした。
侯爵は同意するしかなかった。
「ソアルーサーから巻き上げて造ったプルクラ オーラの大別荘。
あれはお返しいただかなくて結構。
当家の都合による婚約解消のお詫びとして差し上げますよ」
数日後、会員の皆様が
『婚約解消おめでとう会』
のために集まった。
「それにしても200億近くも肩代わりするんですか?」
キャサリンの目がグルグルしている。
「えーっ!カトリーヌってそんなに高いの?オレ一生かかっても無理じゃ~ん」
ヒースが悲鳴を上げてクッションに頭を打ち付けている。
「お前の家が金持ちなのは知ってるけど、さすがに200億もくれてやるなんて納得いかないな」
ヴィッラーニ先生も渋い顔だ。
「なーに、預かった金を元に戻しただけだよ」
「「「は?」」」
ユージンはニヤニヤしながらカップに口を付けた。
「預かった金・・・戻したって、・・・そういうこと?」
ヴィッラーニ先生の問いかけに愉快そうに頷くユージン。
「そういうこと」
「さっぱりわかんねぇ」
とヒース。
侯爵が怪しげな投資話に騙されていることを掴んだユージンは、それを利用して乗っかることにした。
詐欺師を締め上げて協力させた。
高利貸し屋もユージンの手の者だ。
ユージンは侯爵が銀行や金貸し屋から借りた金を投資先として一時保管して、肩代わりと称して戻しただけ。
「そ、・・・それって・・」
「犯罪だよ?」
当たり前でしょ、みたいな顔のユージンにビビるヒース。
「港湾使用権と製鉄所は元々我が家から取り上げられたものだから返してもらっただけ。
他の抵当権はちゃんと全部はずして返してあげてんだから親切でしょ?
侯爵家は元の状態に戻っただけのこと。
これからはソアルーサーをあてにしないで地道に生きていって欲しいね」
ユージンは何も奪い取ってないから問題無いでしょ?
むしろ手切れ金代わりに豪華な別荘をくれてやったんだから感謝して欲しいね、と笑っていた。
もちろん別荘代より遥かに多額の利益をソアルーサーは侯爵家との繋がりを利用して上げている。
「・・・まあ、お前の代で更にソアルーサーは強大になるんだろうな、って それだけは予測がつくよ」
ヴィッラーニ先生がそう言うと、
「めでたい日なんだ。
皆で祝おうじゃないか!」
ユージンが高いシャンパンを開けて
「婚約解消おめでと~!」
皆が口々に言って乾杯した。
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