嘘つき女とクズ男

猫枕

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 「あなたごときがグレアムに婚約解消を迫るなんて生意気なのよ!」

 グレアムの母親は先触れも無くいきなり訪れたソアルーサー邸の応接室でギャンギャン吠えていた。

 この女は散々カトリーヌとグレアムの婚約に反対していたくせに何がしたいのだろう。

 もしかすると夫の借金に気づいてソアルーサーとの関係が切れることを恐れているのかも知れない。

 「大体アンタたち賎しい平民上がりが金持ち然としていられるのもフォルコンリー侯爵家のお陰でしょ?
 恩を仇で返すとはいい度胸じゃない?」

 『あんた達に嵌められたご恩は充分過ぎる程返してると思うんですけど』

 カトリーヌは冷えた眼差しで夫人の豪華なドレスとアクセサリーを見ていた。

 あれもそれもソアルーサーに払わせた品じゃない。

 「グレアム様からお聞きになってはおられませんか?」

「あんたとは結婚したくないってこと?

 そりゃそうでしょうよ。

 気味の悪い異教徒の穢れた血の混じった女となんか結婚したいわけがないでしょう?」

  じゃ、解消でいいじゃない。

 なにがしたいのこの女。

「そうではなく『死に戻り』のことです。」

「はあ?」

「私は一度死んだんです。
 時間が巻き戻って現在に帰って来たんです」

 夫人はカトリーヌを馬鹿にしたような、それでいて馬鹿にされたような顔で


「いよいよ頭がおかしくなったのかしら?」

 と言った。

「殺されたんですよ。御宅の息子さんに」

 カトリーヌは低い声で大真面目に言った。

 一瞬怯んだ夫人はすぐに嘲るように攻撃してきた。

「それはいいわね。あんたが死ぬところを私も是非拝ませてもらいたいもんだわ」


「そうですね。
 
 あの時、あなたが生きていらっしゃったら、さぞかしお喜びになられたのでしょうけど」

  カトリーヌが眉を下げて一つ溜め息をつく。

「なんですって?!」

 沈黙が流れる。

「・・・夫人はおかしいと思われたことはありませんか?

 単に金銭の問題だけなら他にいくらでもソアルーサーを使役する方法はございましょう?

 侯爵が我が家との縁戚関係に拘る本当の理由は何なのか」

「・・・どういうことよ」

「母と侯爵様は・・・いえ、なんでもありませんわ・・」

カトリーヌはいかにも意味深な言い方をした。

「私達、二人とも邪魔になったんですね」

 カトリーヌは困ったように微笑んだ。

「どういうことよ!」

 夫人の顔は青ざめ、握りしめたハンカチをブルブルと震わせている。

「私が見てきた未来がそうだった、というだけであって、まだ起きていない罪についてどうこう申し上げることはできませんわ。
 ただ、このまま未来が変わらないならアナタの大切な息子さんは殺人の罪で罰を受けることになるし、私とアナタは・・・そういうことです」

 カトリーヌはわざと罪という言葉を使い、平然と紅茶を飲んでみせた。

 「・・・誰が!誰がそんなホラ話を信じるものですか!!」

 

 その時、応接室の扉が開きアディヤが入ってきた。

 挨拶もせずに無表情で近づいてくるアディヤに侯爵夫人は恐怖を感じた。

 
 「『エリヤの眼』を知ってる?」

 アディヤはいきなり言った。

「私はニレル王国ヘブロン朝のナボポラッサル王の末裔。
 我が家に伝わる『エリヤの眼』は一度だけ時間が巻き戻せる」

 アディヤはわざとたどたどしく喋る。

「お前の息子、私の愛する娘殺した!」

 いきなり怒りを露にして怒鳴るアディヤに怯む夫人。

「お腹に赤ちゃんいたのに殺した!!
 許せない!!」

  圧巻の演技力にカトリーヌも舌を巻く。

 「私、涙流した。毎日毎日泣きながら叫んだ。
 心、血を流した。
 そして『エリヤの眼』使った。
 わが主アドナイに祈った。

 気がついたら時間が戻っていたね」

 アディヤがコロンと『エリヤの眼』をテーブルに置く。

 見事なルビーにヒビが入っている。

「願い叶ったからビビ入ったね。
 もう二度と使えないね」

 夫人が呆然とそれを眺めている。
 傷がなければどれ程の価値あるものか見当もつかない。

「私、あんたのダンナが私にしたことも許さないね!」

 夫人がハッとしたように敵意の籠った目をアディヤに向ける。

『この女は私と年は変わらないはずなのに、どうしていつまでも少女のように若々しいのだろう』

 「主人がアンタに何をしたっていうのよ!」

 その一言でアディヤは顔を真っ赤にしてニレル語で捲し立て始めた。

 何を言っているのかは全く分からないが、アディヤが怒りに燃えていることは伝わってくる。

 そしてその姿は夫人に自分の夫とアディヤの間にただならぬ関係があったことを推察させるに充分だった。

 「落ち着いて、お母様」

 宥めようとするカトリーヌの手を振りほどいてアディヤは捲し立てた。

 そしてカトリーヌが呼んだ使用人達によって引き摺られるように部屋を出ていった。

「・・・双方の平穏な未来の為にも賢明なご判断を望みますわ。

 今日のところはお引き取り願えますか」

 カトリーヌが青ざめた顔で俯き加減にそう言うと、同じく青ざめた顔で夫人はソアルーサー邸をあとにした。



 

 「いや~圧巻の演技でしたね」

 隣の部屋で除き穴から一部始終を見ていた会員の皆様から褒められて、アディヤは得意満面だった。

「あの、ちょっとたどたどしい感じ、グッときたっすよ」

「あの、ヘブロン王朝の末裔というのは本当ですか?」

「嘘に決まってるでしょ」

 アディヤは内心では、私スゴイ!と思っていたが、いかにも大したことはしてないわ、風を装って言った。

「あの、最後のニレル語のは何ておっしゃったんですか?」

 「あ、アレ?
 アンタが首のシワを気にしてるの知ってるわよ。
 私は特別なクリーム使ってるからシワもシミも全然ないわ。
 私の方が1歳年上なのにアンタの方が老けて見えるの笑える。
 いつもいつも使用人に怒鳴ってばかりいるから顔中シワだらけになるのよ、笑える。
 他人に意地悪ばっかりしてるから見ただけで意地悪って分かる顔になっちゃってるよ。
 アンタが意地悪しないならクリーム分けてあげたんだけど根性悪いから絶対に分けてあげないないもんね。
 アンタなんか鏡見ながら溜め息ついてりゃいいのよ」

 あーだこーだあーだこーだアディヤの終わらない悪口を聞きながら、会員の面々はただただ苦笑いをするのだった。
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