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しおりを挟む次の日もカトリーヌは裏庭に来たが、そこにヒースの姿はなかった。
想定内。
だけど思いの外がっかりしている自分がいた。
今日は昨日より料理もたくさん、デザートに焼き菓子まで用意して来たというのに。
食欲を失くして砕いたクッキーを鳩に投げていると、
「あー遅くなってゴメン、もう腹ペコだよ~」
と背後からヒースの声がする。
嬉しくなって振り返ると、ヒースの隣にもう一人女の子が遠慮がちに立っている。
「欠食児童を連れて来たぞ~」
ヘラヘラ笑うヒースの隣で茶色の髪をお下げに編んだ小柄の女子学生がへこへこと頭を下げる。
「もう、オマエこれ食ったら旨すぎて腰抜かすぞ!」
ヒースはお下げに笑いかけると、勝手に弁当箱の蓋を開けて
「おっ!エビのフリッター入ってんじゃん!
愛だな~」
とニコニコ顔で一個つまんでいる。
「あ、・・・あの・・・お邪魔してもよろしいのでしょうか?
私はキャサリン・シガーと申します」
「あ、私はカトリーヌ・ソアルーサーです。
宜しくお願いします」
「存じてます。有名人だから」
それが親友キャサリンとの出会いだった。
遠慮していたキャサリンだが、カトリーヌが取り分けてくれた富豪の料理を一口食べると途端にものも言わず夢中で食べ始めた。
そんなキャサリンの様子に優しい眼差しを送りながら
「たんとお食べ~」
とまるで自分の弁当であるかのように言うヒース。
「お二人は仲良しなんですか?」
「いえ、話をしたのは今日が初めてです」
鶏肉を頬張りながらキャサリンが答える。
「コイツさ~、いつも昼休み図書館にいるの。
あそこ飲食禁止だから飯食ってないのかなって思って」
「・・・」
キャサリンは今まで夢中で食べていたフォークを置いて静かになった。
「ゴメン、ボク気に障ること言っちゃったかな?」
「・・・お昼代は持たせてもらえないから」
「「・・・」」
「私、両親が亡くなって叔父の家で厄介になっているの。
ホントは学校なんか行かないで働けって言われたんですけど、特待生になったから渋々行かせてくれることになって。
授業料とか制服は無料だけどお昼代までは出してもらえないから・・・・ホント、図々しく頂いちゃって恥ずかしいです」
「き、気にしないでドンドン召し上がって。
私も一緒に食べてくれる人ができて嬉しいのよ」
「そうだよ、ほら、フリッター旨いぞ、食え」
こうやって3人は弁当仲間になった。
グレアムとカトリーヌは同じ王立学校に通ってはいるが、正門を入って左手にある白亜の城みたいな建物がグレアムが通うスペリオールクラスのある校舎で右手の立派だけど見劣りのするレンガ造りがカトリーヌの通うオーディナリークラス。
実質別の学校のようなものだった。
だからそれぞれの校舎に通う者同士の接触の機会は登校時に正門から入って左右に別れていく時と、帰りにロータリーでたむろっている間だけ、ということになる。
加えて左側の方々は馬車で校舎のエントランスに乗り付けるのがほとんどだったので、彼等が接触することはほぼ無かった。
これはグレアムにとっては誤算であった。
学院に入学したら今までのことは有耶無耶にして、なし崩し的にカトリーヌと交流を持とうと考えていたからだ。
確かに爵位だけで言えばソアルーサーは子爵にすぎない。
しかしその財力を以てすれば大抵のことには融通が利く。
実際学院はソアルーサー家に、カトリーヌのスペリオールクラス入りを打診したという。
にも拘わらずカトリーヌは凡人どものクラスに行ってしまった。
『ご令嬢達に嫌がらせをされるのを避けたのだろう』
グレアムは本気でそう思っていた。
手紙でも出して誘えば済むことだが、それはグレアムのプライドが許さない。
カトリーヌから時候の挨拶状すら来ないことにグレアムは腹を立てていたが、カトリーヌにしてみれば彼の希望に沿っているだけのこと。
「わざわざ会わなくてもよい」
と言ったグレアムの言葉はカトリーヌには
「オマエの顔をみるとイライラする。
黙って金だけ出しときゃ後は用は無いんだよ!」
と聞こえていた。
グレアムは何度か偶然を装ってカトリーヌとの接触を図ったが、いずれもグレアムにご執心なご令嬢達に邪魔されてしまった。
グレアムがカトリーヌを捕まえて話し掛けようとする度に割って入ったご令嬢達が嫌味や悪口を言う。
そして必ず
「グレアム様もいつもそう仰ってるじゃないですかぁ~」
と同意を求める。
するとカトリーヌは、
『ワザワザそんな嫌味を言う為に呼び止めたのか』
というような呆れた顔で去っていくのだ。
そんなグレアムは登下校の時間、馬車の窓からカトリーヌの様子を盗み見るのが日課になった。
カトリーヌが最近、いかにも庶民、といった風情の女子学生と一緒に登下校するようになった。
馬車はどこかで乗り捨てて来るのか、行きも帰りも歩いて校門をくぐる。
そこに赤毛のちょっと目立つ容姿の男が加わって三人で楽しそうに談笑しながら歩いて行く。
その笑顔を見ているとグレアムは頭の芯が燃えるような怒りを感じた。
『カトリーヌ、君はそんな風に楽しそうに笑うのか』
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