糠味噌の唄

猫枕

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 友香子が乗っているであろう飛行機が着いたのは夜の9時過ぎだった。
 上京するときに新幹線で来た町子は羽田空港に来るのも初めてだった。
 地元の空港には見送りに行ったことがあるが、あまりの規模の違いに友香子と無事に会えるのか不安でしょうがなかった。

 町子は田舎者丸出しでインフォメーションデスクのお姉さんにどこでどうすればいいのか教えてもらった。
 到着ロビーでフラップ式の掲示板がパタパタと表示を変える度に睨み付けるように凝視して、友香子の乗った飛行機の情報を見逃さないように気を張った。

 飛行機が到着した、とのアナウンスがあったのに一向に友香子が出て来ないので町子はヤキモキした。
 飛行機を降りたらバスに乗り換えてターミナルまで移動するのだ、と後から聞いて町子はビックリした。

 約4年ぶりの再会となる友香子を一目見て分かるだろうか。
 
 すると同じように不安そうな顔をした女の子が出てきてキョロキョロと辺りを見回すと、町子を見てホッとしたように笑った。

 ワンレングスの髪にタイトなワンピース。

 いかにも女子大生といったスタイルだ。

 「町子ちゃん!」

「友香子ちゃん!」

 二人はキャーキャー言いながら手を取り合ってピョンピョンした。
 いつも町で見かける、町子がバカっぽいと思っている女の子達がやっているそのものだった。

「会えなかったらどうしようって思ったー」

 「良かった~」

 友香子の荷物がデカイ。

 何泊するつもりなんだろう。


 二人はモノレールと電車を乗り継いで町子のアパートまで帰って来た。

 とりあえず風呂でサッパリしてから友香子の母が持たせてくれたという押し寿司で遅い夕食にした。

「急に手紙来たからビックリしたよ」

「ハハハ~ごめんね。町子ちゃんが東京の会社に就職したって聞いたからさ。町子ちゃんのお母さんに住所教えてもらったんだ」

 「今、どうしてんの?」

「聖ヨハネの英文科」

 「花の女子大生だね~」

「ホントは東京の大学行きたかったけど、親に地元しかダメって言われて、国立は落ちたから」
  
 「ふ~ん。で、東京には何か用事?」

 「ライブ!ギグ!」

「?」

「インディーズバンドよ」

「インディージョーンズ?」

「イカ天とか見てなかった?」

「・・・あ~。一回くらい見たかも」

 「うわ~っ。町子ちゃん、せっかく東京に住んでるのにぃ~。もったいない!」

 明日は仕事も休みだから夜更かししても大丈夫だと言うと、友香子はウォークマンのイヤホンを片耳町子に渡して、お薦めの曲を流しながらお気に入りのバンドについて口上を垂れていた。

 友香子はしきりに東京で一人暮らしなんて羨ましいと繰り返す。

 「お金があれば楽しい町かも知れないけど、生活大変だし、そんなに良いところでもないよ」

 と町子が言うと、でも私は絶対、東京で就職する!と息巻いていた。

 世間は未だ好景気の様相を呈していたが、この時既にバブルは崩壊していた。


 翌日の土曜日、東京らしいところに連れて行け、という友香子のリクエストで池袋へ行った。

 正直、素敵なアーバンライフとは縁遠い生活をしている町子にとって、東京らしい所なんて思いつきもしなかった。
 とりあえずサンシャインシティーに連れて行くと友香子は満足してはしゃいでいた。
 そして、

「なんで町子の家には電話が無いのよ~」
  
 と文句を垂れながら公衆電話で連絡を取っていた文通相手と合流した。
 夜は一緒にギグとやらに行くらしい。

 そんなお仲間がいるのなら、そっちに泊めて貰えばいいじゃん、と内心思っていたら、お仲間は福島から来て高校時代の友達の家に居候しているそうだ。

「町子も一緒に行こうよ!
 当日券ありでオールスタンディングだから!」

 という二人のハイテンションな誘いを丁重に断る。

 渋谷にあるというライブハウスまで『ぴあ』で場所を調べて連れて行ってやった自分を町子は親切だな、と思う。

 やれやれと駅までの道を歩いていると、スーっと近づいて来た車が止まる。

「やっぱり町子ちゃんだ!」

 白いBMWの窓から顔を出したのは武藤 明綺羅だった。

 送って行くから、という武藤に断ろうとするが武藤も引かない。
 いつまでも停車させていたら周囲にも迷惑がかかる。

 
 躊躇いながらも武藤の車に乗ることにした町子は、

『助手席はちょっと・・・』 
 
 と後部座席に申し訳なさそうに座ったが、

「なんかコレって、運転手と会社重役みたいだよね?!」
 
 と武藤がケラケラ笑ったので余計に申し訳なくなった。



 「・・・あの・・・。前に先生、手首を切断したのは報復じゃないかって仰ったじゃないですか。
 アレってどうしてでしょうか?」
 
 走り出した車の中で町子は探るように武藤に質問した。

「根拠は無いんだけど、普通、殺すのが目的だったらそんなことしないよね?
 死体に共通点なんか残したら余計疑われるんだしさ。
 だとしたら、これは報復なんだぞって、むしろ生き残った者に知らしめる為の一種の儀式みたいなものだったのかな・・・なんて思ったんだけど」

「切り取った手首をどうしたんでしょうかね・・・」

 町子は糠味噌を思い浮かべてそう言った。

「食べてたりしてね!」

 武藤がいかにも冗談のように言ったが、町子の心臓はビクッと跳ねた。


「・・・あの・・私も確証は全く無いんですけど、昭和14年11月の新聞に気になる記事を見つけまして・・・」

 町子は『翡翠堂』主人の失踪事件について話した。

そして近藤 定行の紀行文の話も。

「村の『お宝』を盗み出して『翡翠堂』の主人に売り付けた三人が報復で殺害された。
 そしてお宝を取り返す為に『翡翠堂』の主人は監禁されて拷問を受けた。
 
その時に麻薬が使われたとしたら、幻覚を見た主人が精神に異常をきたしてしまったとしてもおかしくないのでは・・・そんな気がしたんです。 
 何の確証もありませんけど・・・」

「・・・面白いね~。
 まあ、今となっては大昔の出来事で事件としても時効になってるから真実にたどり着くのはほぼ不可能なんだろうけどね。
・・・お宝って何だったのかな?」

「・・・・大麻?」

「・・・町子ちゃん。大麻とか聞くとビックリすると思うけど、実は日本では稲作のずっと前から麻の栽培をやっていたんだよ」

「・・・へぇ・・そうなんですか?」

「今は特別に許可された神事に使うものだけが栽培されているけど、戦前は日本各地で広く栽培されてたんだよ」

「・・・はぁ~」

 町子の安心したような顔を見て、武藤はクスっと笑った。

 二人はドライブスルーでハンバーガーを買って、運動公園の駐車場で話し込んだ。

「日本で集団でアヘン中毒になった、なんて話、聞いたことないでしょ?
 日本で栽培されてきた麻は毒性の弱いものだった、って話なんだ」

「・・・へ~。
じゃあ、お宝って何だろう?」

 そう呟いた町子は何か思いついたように話始めた。

「・・・・先生、お宝は大麻じゃないとしてもですよ。
 K村で栽培していた麻は毒性の強い麻薬としては良質なものだった可能性はないですか?

 K村は外界と遮断されていて耕地面積も少なかったんです。
 農作物の収穫量も少ないし、第一販路も無いわけですよ。
 周囲から隠れるように暮らしていたからまともな港も無い。
 漁をして魚を採っても村人が食べるだけで売る手段は無かった。

 それなのに良い生地の着物とか、どこから手に入れるんですか?

 外洋に出て、こっそり、中国とか朝鮮とかの船と密貿易でもやってたっていうのならあり得ない話でもないんじゃないですか?」


「・・・面白いね!町子ちゃん!

 中国と密貿易やってたらお宝もありそうだよね。
 景徳鎮の壺とか?」

 町子は景徳鎮の壺が何か知らなかったが、一応、うん、と頷いて見せた。
 

 


 

 

 


 
 
 
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