触らせないの

猫枕

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  とうとう披露パーティーの日が来てしまった。
 どっかのホテルのガーデンでやりゃいいじゃん、というシーリアの本音(実際はもっと丁寧な言い方のオブラートで包んだ提案だったが)は却下され、レイダー家の庭で開かれたパーティーには両家の親戚筋や親同士の仕事上の繋がりのある人たちを中心にそこそこの人数の招待客が来てくれた。

 友人が多いサイモンに比してシーリアの友達関係の出席は少なかった。
 
 「皆さんいらっしゃるのだから、挙式このまえみたいなみっともない格好はさせないわよ」

 とサイモンの母上から釘を刺され、ウェディングドレスは回避できたものの花嫁らしく見栄えのするドレスを用意され、着付けやメイクを施される為にシーリアは前日からレイダー邸に泊まりこむことになった。
 
 結婚式も既に済んでいるわけだし、披露パーティーの日からはレイダー邸で生活することになる。

 そのことを考えただけでシーリアは憂鬱になった。

 シーリアには家族のプライベート空間からは離れた客間が用意されたが、それは純粋な気遣いによるもので嫌味の類いではなかった。

 サイモンとシーリアが決して良好な関係では無いことに気づいていたサイモンの母だが、

「皆に祝福されれば気持ちも変わるわよ。

 子供の頃は仲良しだったんだもの」

 と、楽観的だった。

 なんなら自分が結婚したいくらいイイオトコの息子タンと結婚できるシーリアに、何の不満があるものか、とさえ思っていた。

「きっとサイモンがモテるからヤキモチを焼いてるのね」

 サイモンの母の思考は明後日の方角に飛んでいた。


 しかしシーリアは違っていた。

 『いいじゃん、この部屋。
 この後もここに居座ってやろう』

 シーリアはニンマリしながらサイモンへの手紙をしたためた。




 パーティーでのシーリアは端的に言って美しかった。

 サイモンはシーリアの輝くような美しさに一瞬息を飲んだが、同時に形容しがたい苦い気持ちも込み上げてきた。

 クリーム色を基調として何層にも重なる華やかなフリルの先端にいくに従ってピンクのグラデーションになっている、

『あー、こんな薔薇 見たことあるわ』

というドレスはシーリアを柔らかく彩っていたが、パーティーの打ち合わせの時にも何の関心も示さず、

「お任せします」

 とサイモンの母に選ばせたシーリアにとっては何の思い入れもない品だと知っていたからだ。

 それでもシーリアはパーティーの間ずっと微笑みを絶やさず、サイモンの顔を立てて一通りの挨拶に付き合ってくれた。

 呼んだ覚えのないリンダが何故か友人達の輪に紛れ込んでいて、

「好きでもない人と結婚させられるなんて、サイモンは本当に可哀想だわ」

 などと発言して友人達を沈黙させた以外は大したトラブルもなくパーティーは無事に終わった。

 サイモンは父親から、

「まったく結婚披露パーティーにまでリンダあの女を呼ぶなんて、何を考えてるんだ!」

 と怒られたが、きっと出席を許可したのはシーリアだということは言えなかった。





パーティーが終わり仕度を終えたサイモンは夫婦の寝室にいったが、案の定そこにシーリアの姿はなかった。


 代わりにベッドの上に手紙が載っていた。
 ビジネスで使うような何の飾り気もない白い便箋と封筒だった。

 それはシーリアがメイドに頼んで置いてもらった手紙だった。



 そこには綺麗な文字で慇懃な言葉が並んでいた。


 意に添わぬ結婚をさせられたサイモンに対する申し訳なさと同情。

 リンダとの関係の継続に同意し、一切の邪魔をしないと誓う言葉。

 向こう3年間子供ができなければ、

「後継ができないから」

 という正当な理由によって、「仕方なく」離婚することができる。

 その日まで、人前では良好な関係を演じ、普段の生活ではお互い干渉せずに過ごしましょう、という励まし。


 まあ、そういった内容だった。




 サイモンはその手紙を眺めながら傷ついた気持ちになっていた。


 『勝手なもんだな。
  
 最初に手を離したのは俺の方なのに』
  

  物心ついた時には既にそばにいたシーリア。

 物静かで美しい少女だった。

 あまり自分から喋ったりはしゃぎ回ったりすることのない面白味に欠けるところはあったが、控え目で優しい子だった。

「この子がお前のお嫁さんになるんだよ」

 そう言われた時は嫌な気はしなかった。


 しかし、次第にシーリアの置かれた状況を理解するにつれて彼女の抱える重荷を自分も一緒に背負っていくことに恐怖を覚えるようになった。

 大体、今どきは自由恋愛が主流で高位貴族と平民との貴賤結婚も普通に行われている時代なのに『生まれた時から婚約者がいる』なんておかしいだろうと。

 それに加えてサイモンが気に食わなかったのがルネの存在だった。

 いつもすべてを諦めたようなシーリアがルネにだけ心を許しているように見えたからだ。

 途中から入ってきた余所者のクセにルネはまるで最初からシーリアの一部であったかのようにシーリアの傍らに寄り添っているのだった。

 二人は二人にしか分からないような痛ましい連帯で結ばれていて、そこにサイモンの入り込む隙間は無いように感じられた。

 サイモンはシーリアを突き放した。

 自分を解放したかった。

 だけどその一方でシーリアは自分のものだとも思っていた。

 

 


 







 
 
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