触らせないの

猫枕

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  アルバイト先でのシーリアの能力は次第に所長にも認められていった。
 当初は掃除やお茶汲み、商店街へのお使い程度の仕事しか任せられていなかったシーリアは徐々に書類の分類や整理をさせてもらえるようになり、役所に提出する定型の書類の作成程度はこなせるようになっていた。

 「卒業したら正規雇用していただけるんですよね?」

 既に中級レベルの簿記の資格を取っていたシーリアに所長は12ある税法のうちどれでもいいから3つ合格したら社員にしてやる、と言った。


 そのためシーリアは学園が休みの週末は寮の自室で必死に勉強する羽目に陥ったが、将来の為だと考えると苦ではなかった。


  一方のルネは週末になると寮を抜け出して翌日は二日酔いで頭痛を訴えるのがデフォルトみたいになっていった。
 どうやらどっかの飲み屋で大人を相手にドンチャン騒ぎをしては小遣いを貰っているようだった。



 「シーリアがこんなに楽しい人だなんて知らなかったわよ」

 なんとなくの連帯感が生じるのか、寮生同士でつるむことが増えて交友関係も広がっていった。

「前はちょっと取っつきにくい雰囲気だったけど、最近はファッションも明るくなって良い感じよ」

 
 以前はストレートの髪を後ろで一つにキッチリ縛って紺とか茶色の首元の締まった飾り気のないワンピースを着ていたシーリアだが、最近ではセイラさん指導の下ゆるフワの巻き髪にパステルカラーのワンピースを着たり、逆に赤や黒の大人っぽい着こなしを楽しんだりしている。

 ルネとその他の男子学生も混じって賑やかに盛り上がりながらカフェテリアで昼食を取っていると、突然サイモンがやって来て、


「ちょっと話がある」

 「・・・私は別にないけど、何?」


 あからさまに不機嫌な顔になったサイモンはシーリアを引っ張るようにして空き教室に連れて行った。


「話って?」


「あと半年で卒業なんだから色々決めないといけないだろう?」


「色々って?」


「結婚式のこととかだよ」

 
 サイモンの声は苛立っていた。


「結婚式に関しては何も希望は無いわ。

 そちらでお決め頂いて結構です、とレイダー夫人にお伝えください」


 「ウェディングドレスとかは?」


 それじゃ、と去ろうとするシーリアをサイモンの問いが引き留めた。


 「あ~、一番安い貸衣装でいいわ。
 なるべくシンプルなヤツ。

 メイドにドレスを持って行かせるからそれと同じサイズなら問題無いでしょ?」



「・・・・・」


 「死んだお母様のウェディングドレスを着るのが幼い頃の夢だったけど、あの人に棄てられてしまったから、ドレスなんてどうでもいいの」

 明らかに気分を害したサイモンに言い訳するように呟いたシーリアだったが、たとえ亡き母の思い出のドレスが手元に残っていたとしてもアンタとの結婚式では着たくないけどね、と思った。


 「・・・指輪は?」


「・・・私は別に要らないけど、どうしても用意しなくちゃいけないのなら一番安いのでいいわ。
 輪っかになってりゃいいんでしょ?」


 黙ってしまったサイモンは怒気を孕んだ顔をしていた。

 そこに僅かでもシーリアに対する申し訳なさでも含まれていれば、シーリアのサイモンに対する態度も少しは軟化したかもしれない。

 しかしサイモンは数年に渡るシーリアへの己の反省は一切無く、一方的にシーリアを責めるような態度を取った。


シーリアは大きく溜め息を吐くと、


「なんとかこの結婚なしにできないのかしら?

 せめて学園を卒業したらすぐ、じゃなくて一年だけでも延ばせたらいいのにね」


 サイモンはカッとして怒鳴るように言った。

「仕方ないだろう!

 オレだって本当はオマエなんかと結婚したくないんだからな!!」



  しかしこのシーリアの希望は思わぬ形で実現するのだった。



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