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しおりを挟む忙しくて時間が取れないという父の書斎に無理矢理押し掛けたシーリアは書類から目も上げない父に向かって言った。
「サイモン・レイダー様との婚約を解消していただきたいの」
「ダメだ」
父は即答したが、シーリアにとってそれは予想通りの反応だった。
「理由も聞いてはもらえないのですね」
「聞くだけ無駄だろう」
フフッと薄く笑ったシーリアは、
「でしょうね。愛してもいない女との間に生まれた邪魔者の私が不幸になろうとどうしようとハモンド伯爵にはどうでもいいことですよね」
一瞬怒ったように目を見開いた伯爵はすぐまた書類に目を戻した。
シーリアの父には若い頃から愛し合った恋人がいた。
今のハモンド 伯爵夫人、シーリアの継母だ。
好き同士結婚でもなんでもすれば良かっただろうに、ここでも爺さんが邪魔をした。
継母は先祖が隣国からの移民だったので、それを嫌った祖父によって二人の結婚は阻止されてしまった。
強固に結婚を反対された二人は泣く泣く別々の相手と結婚させられた。
シーリアの父はシーリアの実母と、継母はルネの実父と。
馬鹿馬鹿しい話である。
本当に好き合っているのなら家も財産も投げ捨てて駆け落ちでもなんでもすればいいじゃないか、とシーリアは思う。
そうして強要された愛の無い結婚の中で誕生したのがシーリアでありルネであったわけだが、シーリアが10才の時に実母が亡くなると、待ってましたとばかりに継母もルネの実父と離婚して晴れて二人は長年の真実の愛を成就させた。
この日を境にシーリアは父親を伯爵と呼ぶようになった。
他ならぬ自分自身が親に決められた望まない結婚に苦しんだというのに、娘の自分に同じことをしようとしている父の気持ちが理解できないとシーリアは思った。
もしかしたら自分と同じ苦しみを娘に与えることで復讐しようとしているのかと疑いたくもなる。
サイモンも同じだ。
家と財産が惜しい為にシーリアを犠牲にしようとしている。
愛の無い結婚と愛人との幸せな生活?
リンダにとっても失礼な話じゃないだろうか。
どうでもいいけど。
なんとか結婚を回避できないだろうか。
シーリアは思案する。
もしも自分が家出して失踪したら。
レイダー家は血眼でシーリアを探すだろう。
サイモンを溺愛する彼の母親が養子を取って他人に家を継がせるなどということを容認するわけがないのだ。
それに今の状態で家出したとて行く当てもなければ仕事もない。
碌な仕事も見つけられずに野垂れ死にするかもしれない。
なんとしても学園の卒業証書は欲しいところだ。
最悪は一旦結婚してから離婚ということになるだろうか。
跡継ぎができなければそれを理由に穏便に離婚ができるだろう。
それまでの間、お互い我慢して契約結婚を続ければいい。
離婚すればお互い自由だから、サイモンはリンダと結婚でもなんでも勝手にすれば良い。
一方シーリアは離婚したとて戻れる実家があるわけでなく、自立して生計を立てる術を身につけておく必要がある。
卒業まであと一年ちょっと。
動くなら早い方がいい。
シーリアは放課後一人で町に行った。
自分と同年代の少女達もたくさん働いているが、彼女達はどうやって職を得ているのだろう。
飲食店や小売店の店先に求人の張り紙を何枚か見かけたが、時給から換算するにとても独りで生活できる金額は稼げない。
やはり女が独りで働いて生きるのは難しいのだろうか。
暗い気持ちでメインストリートを外れた静かな道を歩いていると、先程までの賑やかな雰囲気は鳴りを潜め事務所や営業所が目立ってきた。
その中に「職業紹介所」の看板をシーリアは見つけた。
「へえ、王立学園の生徒さん」
「あの、できれば将来に渡って続けられる仕事がいいんですけど」
「文書作成とか計算とかできる?」
「どのレベルのお話かは分かりませんが、基本的なことなら間違いなくできると思います」
「この先の会計事務所で助手探してるんだけど行ってみる?所長が変わり者だけど悪いヤツじゃないから。
紹介状書こうか?」
「是非、お願いします」
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