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49 哲也くんに会えなくて、とてもさみしい。
しおりを挟むやっと起きれるようになったころには師走の末で、世間は忙しなくなっていた。両親もやはりバタバタしていて、彼らから学校や竹中たちの話を聞かされることはなかった。たぶん俺に気を使ってくれているんだ。
終業式の翌日に美濃が通知表を持って家にやってきた。あと坊主のおじさんから預かったっていう数珠もいっしょに渡された。
俺が幽霊に悩まされているって話をしたら、おじさんがこれを俺にくれたそうだ。あのおじさんがずっと身に着けていたんだからね、たしかに魔除けになりそう。
あのあとおじさんは念のために検査を受け、喉に腫瘍をみつけたらしい。奇跡的な早期発見ということで、あっというまに手術も終えて大事にならずにすんだそうだ。
「斉藤さんは藤守の能力を絶賛だよ。いっしょに除霊の仕事をしないかお前に聞いておいてくれって頼まれた。……藤守、どうするよ?」
美濃がにやりと笑う。
「しつこいな。そんなのするわけないじゃん。ね?」
おじさんの怒った顔がポンと浮かんで、俺も笑ってしまう。そんなおじさんは年を越してからの退院だって。おじさん不在の斉藤家のみなさんは、さぞかし穏やかな気持ちで新年をむかえるんだろう。よかったね。
大人同士で示し合わせているのだろうか? 美濃も両親とおなじで、竹中たちの話はしてこなかった。そのかわり哲也くんの話をいっぱい聞かせてくれた。
哲也くんは目が覚めてから二日後に退院したらしい。そして受験に向けて予備校に通いはじめたって。哲也くんのお母さんはとっても喜んだらしいけど、それは哲也くんが当初の予定通りの大学を目指しているからではなくて、彼が毎日を楽しそうに過ごしているからだそう。
俺が哲也くんの病室に通っていたことは、彼のお母さんからバレてしまったらしい。だけどもあくまでも一学級員としてのお仕事ってことになっていて、
「本来そのつもりでお前を病院に連れて行ったんだけどな!」
と、俺の頭を小突いた美濃は、「藤守のヘンタイ行為はすべて黙ってやっているから、俺に感謝しろ!」とたっぷりと恩を売って帰っていった。
外では毎日ビュウビュウと強い風が吹いている。そんな寒いなかを用もないのにわざわざ外に出ていくこともなく、俺は冬休み中、家に引きこもって暮らしていた。
大晦日には大掃除を手伝って夜には早々に寝たし、お正月にはお年玉をもらい、お腹がすいたら居間におりてお節をつついた。それ以外はずっと自分の部屋でひとり、ぼうっとして過ごしていたんだ。主には泣きながら。
俺の哲也くんロスはかなりのものだった。それもそうだ。だって哲也くんが目を覚ます直前まで、俺は彼のベッドに椅子をくっつけるようにして彼の傍にいたんだもん。話しかけたり手を握ったりしてたんだよ? 前の日なんて哲也くんのベットに潜りこんで眠ったんだし。
だからね、毎日毎日哲也くんのことばっかり考えてしまって、浮上できないでいても仕方ない。
あとは、なんどもなんども『哲也くんが無事に第一志望に受かりますように!」ってお祈りもしていたよ? 一月半ばのセンター試験の日には、おじさんにもらった数珠をジャカジャカ擦りあわせてとくに念入りに。
俺は二月になっても、変わらずに鬱々とした日々を送っていた。外ではすでに梅のつぼみが綻びはじめ、開けた窓からは隣家の沈丁花の匂いが香ってくる。
「はぁ……」
せめてゆうくんが出てきてくれたらなぁ、と、窓の外を見ながら俺は溜息をついた。
(きっと慰められたんだろうな。なんてたってエッチでハッピーになれるんだもんなぁ)
不思議なことに色情霊のゆうくんは、おじさんのベッドでエッチしたあとからぴったりと俺のところに現れなくなっていた。
(あれだけ俺に憑いてあんなことやこんなことをしてきたのに……)
「ゆうくんの、薄情者ぉ」
呟いて、ズズッと洟をすする。
まさかあのときのエッチに満足して成仏しちゃったのだろうか? それともよもや坊主のおじさんに消滅させられたりしちゃってる⁉
「うぅぅ~、ひどいよぉ~っ、ゆうくぅ~ん。会いたいよぉ、哲也くぅ~ん」
いつものようにグスグスやっていると、来客がピンポンとチャイムを鳴らす。
お母さんの「はぁい」と返事する声が聞こえ、彼女が玄関にでていく気配がした。俺は階下から聞こえてくる声に耳を澄ませる。お母さんと来客とのやりとりは二三云で、すぐにガチャっと扉の閉まる音がした。
俺は窓辺で涙をごしごし拭いながら帰っていく来訪者をこっそりと見送る。すこしして俺の部屋の扉がノックされ、お母さんがお盆をもって入ってきた。
「しゅういち~~っ、今日もプリンよ! いっぱい食べてはやく元気になりなさい!」
俺の手から大量の涙を吸ったタオルをひったくると、かわりにプリンカップとスポーンを持たせてさっさと部屋をでていく。
「洗い物はちゃ―んとキッチンに持ってきてよね~っ」
そうだね。いつまでも籠ってないで、はやく両親に元気な顔で話せるようにならなきゃ……。
そう思いながらもこの日もまた、俺はもう何日もつづいているおやつのプリンをひとりで淋しく食べていた。
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