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48 うわぁぁぁぁん。なんとか助かった(泣)
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名まえを呼ばれた気がした。
(哲也くん?)
やさしい手のひらが俺の頬を撫で、そっと離れていく。その手を逃したくないと思って、俺はその温もりを求めて腕を伸ばした。
現実には本当に腕を伸ばせたのかわからないけども、俺の指先がなにかに触れると、つぎには腕を強く掴まれて、水の抵抗に負けない力で身体がぐいっと引き寄せられる。
力尽きた俺の瞼がうっすら開くと、暗い水中にぼんやり誰かの姿が見えた。淡く輝くのは誰?
(――ゆうくん?)
そこでまた、俺の意識は途切れてしまった。
***
俺を追って池に飛びこみ、水中深くから救い出してくれたのは、美濃だった。
ゲホゲホ咳きこんで、うえっうえっと飲んだ池の水を吐きだした。水が入りこんだ鼻の奥がツーンと痛く、涙も止まらない。
「大丈夫か⁉ 就一!」
丸まる俺の背中をさすってくれているのはお父さんだ。美濃が池ののり面まで俺を運んでくれて、そしてそこから地面へとお父さんが引き上げてくれた。先生もお父さんに手伝ってもらって池から上がってきていた。彼はそのまま俺の隣でひっくり返って、ゼイハァやっている。
「ゲホッ、ゲホッ!」
苦しすぎて返事なんてできやしない。
生理的な涙やら鼻水やらで顔をぐしゃぐしゃにした俺は、ゼイゼイと乱れる胸を抑えるだけだ。
体は凍えてしまい、指先や耳に火傷したみたいな痛みを感じる。お父さんが俺の背中に触れているのを感じる。お父さんの声も、美濃の呻き声も聞こえている。俺の足もとには確かな地面があって――。俺が、生きているってことがわかった。
助かったぁ~っ!
よかった! 生きている! 俺、生きてるよ⁉
「うっ、うわぁぁぁぁぁぁんっ」
ほっとしたら涙がでてきた。
(よかったよぉー。生きてるよ、うれしいよ~っ)
「就一、ごめんなっ、お父さんが悪かった!」
「うわぁぁあぁぁ~んっ、うわあぁぁぁ~んっ」
(ほんとに死ぬかと思ってたよ~っ。怖かったよ~っ)
「うんうん、怖かったな。ごめんな、ごめんなっ、就一。もう大丈夫だ。今度は本当に大丈夫だから、――お父さんな、もうお前の云う通りにするから。もうこんな早まったことをしないでくれ、なっ? ほんっと~っに悪かった!」
「うわぁ~~~~~ん、うぇっ、うえっ」
「お父さんを許してくれな? な? 就一」
「ひぃっく、ひぃっく」
ごめんだとか、許してくれだとか、死にかけた俺にとってはそれどころじゃないってのに……、それでも一生懸命に頭を下げるお父さんにほだされて、俺は嗚咽しながらコクコクと頷いてやる。
「就一っ!!」
ガバッと抱きつかれるが、そんなのもお構いなしで。俺が止まらない涙をゴシゴシやりながら、
「こわっ、こわかったっ、怖かったよぉ~~~っ! うぇぇぇえん、て、てつやくぅ~~んっ!!」
と、叫んだところで、ゼイハァと転がっていた美濃がむくりと身体を起こした。
「……おいっ、藤守」
ハァ、ハァ、と息を整えると彼は、「そこは『お父さん』と呼んでやれよ」と呟き、そしてまたその場にばったりと倒れた。
それからびしょ濡れで凍えた俺と美濃はお父さんの車に乗って、近くの銭湯に行った。着替えは俺たちが湯につかってるあいだにお父さんが病院に戻って売店で買ってきた。それらは以前先生が買ってきたものと同じスウェットの上下とパンツ、そしてスリッパで。パンツはまたブカブカだった。
「俺、自殺しようとしたんじゃないよ? 男の子の幽霊に池にひっぱりこまれただけなんだから」
脱衣所で美濃にだけ事実を話した。こんなにも親身になってくれている美濃だから、誤解されたままじゃ余計な心配をかけてしまうだろうと思ったからだ。俺がちゃんと生きていくつもりでいることは、きちんと伝えておかないと。
でもお父さんとお母さんには、このことは云えないんだけどね。あのひとたちには昔、俺に虚言癖があるってことで悩ませていた。だから云っちゃうと、今度は別の心配をかけてしまうことになる。
美濃は「信じるよ」と口角をあげ笑ったあと、少しの間なにかを考えていた。
そして。
結局俺は二度と帰らないつもりだった自分の家に連れて帰られたんだ。玄関で泣きはらした目をしたお母さんに迎えられたときには、つられて泣きそうになってしまったけど、ちゃんと心配かけたことを謝ることができた。
で、そのあと俺は熱を出して寝込んだんだ。風邪をひかないように銭湯ではしっかり湯に浸かったんだけどね。やっぱり十二月の池に落ちてなんともないなんてことにはならないだろう。美濃も風邪をひいて二、三日、学校を休んだらしい。
俺の場合はただ風邪をひいただけでなく、男の子の幽霊に憑依されてしまったときの後遺症で、しばらくのあいだ気持ちまでふさぎ込んでしまった。それで高熱を出して軽く一週間はベッドから出られずにいたんだ。
(哲也くん?)
やさしい手のひらが俺の頬を撫で、そっと離れていく。その手を逃したくないと思って、俺はその温もりを求めて腕を伸ばした。
現実には本当に腕を伸ばせたのかわからないけども、俺の指先がなにかに触れると、つぎには腕を強く掴まれて、水の抵抗に負けない力で身体がぐいっと引き寄せられる。
力尽きた俺の瞼がうっすら開くと、暗い水中にぼんやり誰かの姿が見えた。淡く輝くのは誰?
(――ゆうくん?)
そこでまた、俺の意識は途切れてしまった。
***
俺を追って池に飛びこみ、水中深くから救い出してくれたのは、美濃だった。
ゲホゲホ咳きこんで、うえっうえっと飲んだ池の水を吐きだした。水が入りこんだ鼻の奥がツーンと痛く、涙も止まらない。
「大丈夫か⁉ 就一!」
丸まる俺の背中をさすってくれているのはお父さんだ。美濃が池ののり面まで俺を運んでくれて、そしてそこから地面へとお父さんが引き上げてくれた。先生もお父さんに手伝ってもらって池から上がってきていた。彼はそのまま俺の隣でひっくり返って、ゼイハァやっている。
「ゲホッ、ゲホッ!」
苦しすぎて返事なんてできやしない。
生理的な涙やら鼻水やらで顔をぐしゃぐしゃにした俺は、ゼイゼイと乱れる胸を抑えるだけだ。
体は凍えてしまい、指先や耳に火傷したみたいな痛みを感じる。お父さんが俺の背中に触れているのを感じる。お父さんの声も、美濃の呻き声も聞こえている。俺の足もとには確かな地面があって――。俺が、生きているってことがわかった。
助かったぁ~っ!
よかった! 生きている! 俺、生きてるよ⁉
「うっ、うわぁぁぁぁぁぁんっ」
ほっとしたら涙がでてきた。
(よかったよぉー。生きてるよ、うれしいよ~っ)
「就一、ごめんなっ、お父さんが悪かった!」
「うわぁぁあぁぁ~んっ、うわあぁぁぁ~んっ」
(ほんとに死ぬかと思ってたよ~っ。怖かったよ~っ)
「うんうん、怖かったな。ごめんな、ごめんなっ、就一。もう大丈夫だ。今度は本当に大丈夫だから、――お父さんな、もうお前の云う通りにするから。もうこんな早まったことをしないでくれ、なっ? ほんっと~っに悪かった!」
「うわぁ~~~~~ん、うぇっ、うえっ」
「お父さんを許してくれな? な? 就一」
「ひぃっく、ひぃっく」
ごめんだとか、許してくれだとか、死にかけた俺にとってはそれどころじゃないってのに……、それでも一生懸命に頭を下げるお父さんにほだされて、俺は嗚咽しながらコクコクと頷いてやる。
「就一っ!!」
ガバッと抱きつかれるが、そんなのもお構いなしで。俺が止まらない涙をゴシゴシやりながら、
「こわっ、こわかったっ、怖かったよぉ~~~っ! うぇぇぇえん、て、てつやくぅ~~んっ!!」
と、叫んだところで、ゼイハァと転がっていた美濃がむくりと身体を起こした。
「……おいっ、藤守」
ハァ、ハァ、と息を整えると彼は、「そこは『お父さん』と呼んでやれよ」と呟き、そしてまたその場にばったりと倒れた。
それからびしょ濡れで凍えた俺と美濃はお父さんの車に乗って、近くの銭湯に行った。着替えは俺たちが湯につかってるあいだにお父さんが病院に戻って売店で買ってきた。それらは以前先生が買ってきたものと同じスウェットの上下とパンツ、そしてスリッパで。パンツはまたブカブカだった。
「俺、自殺しようとしたんじゃないよ? 男の子の幽霊に池にひっぱりこまれただけなんだから」
脱衣所で美濃にだけ事実を話した。こんなにも親身になってくれている美濃だから、誤解されたままじゃ余計な心配をかけてしまうだろうと思ったからだ。俺がちゃんと生きていくつもりでいることは、きちんと伝えておかないと。
でもお父さんとお母さんには、このことは云えないんだけどね。あのひとたちには昔、俺に虚言癖があるってことで悩ませていた。だから云っちゃうと、今度は別の心配をかけてしまうことになる。
美濃は「信じるよ」と口角をあげ笑ったあと、少しの間なにかを考えていた。
そして。
結局俺は二度と帰らないつもりだった自分の家に連れて帰られたんだ。玄関で泣きはらした目をしたお母さんに迎えられたときには、つられて泣きそうになってしまったけど、ちゃんと心配かけたことを謝ることができた。
で、そのあと俺は熱を出して寝込んだんだ。風邪をひかないように銭湯ではしっかり湯に浸かったんだけどね。やっぱり十二月の池に落ちてなんともないなんてことにはならないだろう。美濃も風邪をひいて二、三日、学校を休んだらしい。
俺の場合はただ風邪をひいただけでなく、男の子の幽霊に憑依されてしまったときの後遺症で、しばらくのあいだ気持ちまでふさぎ込んでしまった。それで高熱を出して軽く一週間はベッドから出られずにいたんだ。
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