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47 「死んでやる!」
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嫌いっ、嫌いっ、大っ嫌いっ。
お父さんなんかやっぱり大っ嫌いだっ。
『どれだけ親に心配かければ気がすむんだ!』だって? なんで俺が悪者になってんの?
だいたい心配って、なんの心配なんだよ? 俺の身の危険だとか云うなよ!? 俺を殴ろうとしたんだ、だったらお父さんも竹中たちとおんなじじゃないかっ。
『仕事を抜けてきてやった』って? 恩着せがましいっ!
お父さんへの怒りの高揚感で、このまま走る車にぶつかってしまってもいいとすら思えた。それと同時にこのタイミングで俺のところにやってきた美濃のことで混乱する。
なんで美濃、ここへ来たんだろ?
(俺を助けてくれた……)
美濃、哲也くんのそばにいなくていいの? 哲也くんやっと目を覚ましたんだよ? 美濃はちゃんと哲也くんのそばにいてあげてよ!
流れる車の合間をすりぬけるようにして道路を渡り、何度か来たことのある公園までいっきに走った。そのさきにある大きな池が視界に入ると俺は迷わずそっちへ足を向ける。
昨日もこうやって、嫌いだ、大嫌いだって。みんないなくなっちゃえって強く思いながら走ったんだった。怒りと悲しみと、辛いって、消えちゃいたいって気持ちで身体中がパンパンになっていた。
昨日走って向かったのは、ベッドで眠る哲也くんのところだ。駆け抜ける廊下では幽霊たちが声をかけてくれたっけ。潜りこんだ哲也くんの布団のなかで、いっぱい泣いた。
あの時、ぎゅっとしがみついた哲也くんはとても温かくて、哲也くんは眠っているだけでも俺のこといっぱい慰めてくれたのに……。でももう、それは望めない。
荒い呼吸の合間にヒックヒックと嗚咽が漏れる。
哲也くんっ、哲也くんっ!
哲也くんに会いたいよ。哲也くんにぎゅっとしたいよ!
哲也くんの胸に抱きついて泣きたいのに――、でももうできないんだ。もう俺が逃げ込めるところはどこにもないんだ。
涙がぼろぼろ頬を伝いおちていく。
「て、哲也くぅん……っ、ひぅっ、う……うえっ……」
寂しい。寂しいよ。
「ねぇっ、哲也くん? ……俺っ……どこに行ったらいいのぉ? ……うぇっ、ひっくぅ」
俺のちいさな涙声をかき消すように、ビュウビュウ風が吹きつける。頬を打つ風は痛いくらいに冷たく、耳も千切れそうだった。
病院のまえに広がるのは市街地に残る田園地だ。池は農業用水を貯めるもので、道は未だ舗装もされていない。周囲は手入れされていない木々や雑草で取り囲まれていた。吹きつける風は水面に波をつくり、枯れたススキをおおきく揺らしている。
どこに行ったらいいのかわからないはずなのに、俺は自分がまるで目的をもつかのようにしてある個所に向かっているにことに気づいていなかった。
いつの間にか日は落ちていて、辺りは真っ暗だ。でも誘蛾灯に誘われる羽虫のように、俺は足場の悪い道に足を取られながらもどんどん走っていた。
(なんで俺の気持ちを無視するのかな?)
――お父さん、嫌い。大嫌い。いなくなってしまえ。
(もうアイツらに会いたくないし、アイツらの話もしたくないんだって)
――学校が怖い。学校に行きたくないよ。アイツら嫌い、みんな嫌い。友だちなんていらないんだっ、いなくなれ!
(もう絶対に家には帰らないからなっ。俺にはもう家族はいらないんだ)
「俺、どこにいけばいいんだろ?」
美濃、俺のこと探しに来てくれるかな? と厚かましいことを考えて、すぐにそんなことを期待しちゃダメだとブンブン頭を振る。
「……寂し、…‥よぉっ…っ」
――居場所なんて、ないんだよ? だったら、自分がいなくなればいいんだよ。
「?」
俺は心の裡に響く昏い声に違和感をもつ。まるで誰かに自分の心を乗っ取られていくような……これは本当に俺?
「ひぃっく」と喉を詰まらせて、止まらない涙を袖で強く拭った俺は、あげた視線のさきに、小さな子どもが立っているのを見て驚いた。池を見つめていた男の子が顔をあげ、その昏い瞳で俺を捕らえる。
――死ななきゃ、ね?
「……ひっ」
(ゆ、幽霊―――っ⁉⁉)
俺が足を止めるよりさきに、その子がふわっと俺のなかに下りてくる。振り払おうとした腕は空を掻き、ぐらりと体が傾いだ。
「やっ⁉」
同時に俺のなかにあったいろんな気持ちが膨れあがった。激しい憎悪、身を裂かれるような悲しみ、深い孤独。彼と目が合った瞬間、俺は心も身体もまるごと底のない闇に呑み込まれてれてしまったのだ。
(やっ、怖いっ)
足を滑らせた俺の身体が水面に叩きつけられると、鈍い水の音がたつ。氷のように冷たい水が全身をとりまき、俺を深く深くと池の底へと引き摺りこんでいった。
誰か助けて!
嫌いだ、みんないなくなっちゃえ!
痛い、苦しい、冷たい!
どこまでが自分の心なのか男の子の心なのか、もうわからない。だって自分に流れてくる男の子の記憶の全部が、自分の知っているものだったんだから。
ちょっと隠れていただけの思いが、堰を切って溢れてきたのか、
それともまるごと男の子の思いに呑み込まれてしまっているのか、
俺にはもう判断がつかなかった。
でも、でも、俺、生きていくって決めていたんだから!!
(く、苦しいっ)
止めていた息も限界で、ガボッと水を飲みこんだ。もう俺死んじゃうの?
こんなのイヤだ。死にたくないって強く願って、それを最後に俺の意識は薄れていった。
お父さんなんかやっぱり大っ嫌いだっ。
『どれだけ親に心配かければ気がすむんだ!』だって? なんで俺が悪者になってんの?
だいたい心配って、なんの心配なんだよ? 俺の身の危険だとか云うなよ!? 俺を殴ろうとしたんだ、だったらお父さんも竹中たちとおんなじじゃないかっ。
『仕事を抜けてきてやった』って? 恩着せがましいっ!
お父さんへの怒りの高揚感で、このまま走る車にぶつかってしまってもいいとすら思えた。それと同時にこのタイミングで俺のところにやってきた美濃のことで混乱する。
なんで美濃、ここへ来たんだろ?
(俺を助けてくれた……)
美濃、哲也くんのそばにいなくていいの? 哲也くんやっと目を覚ましたんだよ? 美濃はちゃんと哲也くんのそばにいてあげてよ!
流れる車の合間をすりぬけるようにして道路を渡り、何度か来たことのある公園までいっきに走った。そのさきにある大きな池が視界に入ると俺は迷わずそっちへ足を向ける。
昨日もこうやって、嫌いだ、大嫌いだって。みんないなくなっちゃえって強く思いながら走ったんだった。怒りと悲しみと、辛いって、消えちゃいたいって気持ちで身体中がパンパンになっていた。
昨日走って向かったのは、ベッドで眠る哲也くんのところだ。駆け抜ける廊下では幽霊たちが声をかけてくれたっけ。潜りこんだ哲也くんの布団のなかで、いっぱい泣いた。
あの時、ぎゅっとしがみついた哲也くんはとても温かくて、哲也くんは眠っているだけでも俺のこといっぱい慰めてくれたのに……。でももう、それは望めない。
荒い呼吸の合間にヒックヒックと嗚咽が漏れる。
哲也くんっ、哲也くんっ!
哲也くんに会いたいよ。哲也くんにぎゅっとしたいよ!
哲也くんの胸に抱きついて泣きたいのに――、でももうできないんだ。もう俺が逃げ込めるところはどこにもないんだ。
涙がぼろぼろ頬を伝いおちていく。
「て、哲也くぅん……っ、ひぅっ、う……うえっ……」
寂しい。寂しいよ。
「ねぇっ、哲也くん? ……俺っ……どこに行ったらいいのぉ? ……うぇっ、ひっくぅ」
俺のちいさな涙声をかき消すように、ビュウビュウ風が吹きつける。頬を打つ風は痛いくらいに冷たく、耳も千切れそうだった。
病院のまえに広がるのは市街地に残る田園地だ。池は農業用水を貯めるもので、道は未だ舗装もされていない。周囲は手入れされていない木々や雑草で取り囲まれていた。吹きつける風は水面に波をつくり、枯れたススキをおおきく揺らしている。
どこに行ったらいいのかわからないはずなのに、俺は自分がまるで目的をもつかのようにしてある個所に向かっているにことに気づいていなかった。
いつの間にか日は落ちていて、辺りは真っ暗だ。でも誘蛾灯に誘われる羽虫のように、俺は足場の悪い道に足を取られながらもどんどん走っていた。
(なんで俺の気持ちを無視するのかな?)
――お父さん、嫌い。大嫌い。いなくなってしまえ。
(もうアイツらに会いたくないし、アイツらの話もしたくないんだって)
――学校が怖い。学校に行きたくないよ。アイツら嫌い、みんな嫌い。友だちなんていらないんだっ、いなくなれ!
(もう絶対に家には帰らないからなっ。俺にはもう家族はいらないんだ)
「俺、どこにいけばいいんだろ?」
美濃、俺のこと探しに来てくれるかな? と厚かましいことを考えて、すぐにそんなことを期待しちゃダメだとブンブン頭を振る。
「……寂し、…‥よぉっ…っ」
――居場所なんて、ないんだよ? だったら、自分がいなくなればいいんだよ。
「?」
俺は心の裡に響く昏い声に違和感をもつ。まるで誰かに自分の心を乗っ取られていくような……これは本当に俺?
「ひぃっく」と喉を詰まらせて、止まらない涙を袖で強く拭った俺は、あげた視線のさきに、小さな子どもが立っているのを見て驚いた。池を見つめていた男の子が顔をあげ、その昏い瞳で俺を捕らえる。
――死ななきゃ、ね?
「……ひっ」
(ゆ、幽霊―――っ⁉⁉)
俺が足を止めるよりさきに、その子がふわっと俺のなかに下りてくる。振り払おうとした腕は空を掻き、ぐらりと体が傾いだ。
「やっ⁉」
同時に俺のなかにあったいろんな気持ちが膨れあがった。激しい憎悪、身を裂かれるような悲しみ、深い孤独。彼と目が合った瞬間、俺は心も身体もまるごと底のない闇に呑み込まれてれてしまったのだ。
(やっ、怖いっ)
足を滑らせた俺の身体が水面に叩きつけられると、鈍い水の音がたつ。氷のように冷たい水が全身をとりまき、俺を深く深くと池の底へと引き摺りこんでいった。
誰か助けて!
嫌いだ、みんないなくなっちゃえ!
痛い、苦しい、冷たい!
どこまでが自分の心なのか男の子の心なのか、もうわからない。だって自分に流れてくる男の子の記憶の全部が、自分の知っているものだったんだから。
ちょっと隠れていただけの思いが、堰を切って溢れてきたのか、
それともまるごと男の子の思いに呑み込まれてしまっているのか、
俺にはもう判断がつかなかった。
でも、でも、俺、生きていくって決めていたんだから!!
(く、苦しいっ)
止めていた息も限界で、ガボッと水を飲みこんだ。もう俺死んじゃうの?
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