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「俺のなにがいけないんだ……?」
おばさんが出ていった出入口を、呆然と眺めたままおじさんが呟いた。
「自分が絶対に正解だって思ってて、他人をそのとおりにさせようってすることだよ。おじさんの説法は正しいのかもしれないけど、息子さんの話のほうが相手の程度にあわせたものなんだ。だから相手の心に響くんだって。……そっか、おじさんのお話は馬の耳に念仏なんだね!」
「――っ⁉ なにを――」
「あとね、お寺の経営はおばさんに任せたほうがいいってさ。息子さんのほうが檀家さんに人気があるんだよ。お嫁さんもしっかり息子さんをサポートできている。おばさんはちゃーんと全部わかっていて、おじさんを引退させたんだ」
「なっ⁉」
「おじさんはもう除霊仕事? だけしておいたらいいんじゃない? あんな厄介なヤツらが逃げ出すほど嫌われてるなんて、その才能、せっかくだから利用しなきゃ」
「なにをまるで見てきたような口ぶりでっ、お前はっ――」
「だって、春子? っておばあちゃんがそこでそう云ってるんだもん」
俺は廊下を指差した。そこには白髪お団子ヘアの着物を着たおばあちゃん幽霊が立っている。
「お前のような愚か者は一度頭をぶつけないとわからない、だから岩を落としてやったわ、わはははは~って」
腰に手をあて高笑いするちいさなおばあちゃんに、やんややんやとまわりの幽霊たちが拍手していた。
「春子って、そりゃ俺のばぁちゃんだ。お前、霊が見えるのか?」
「見えるし、聞こえる」
嘘じゃないからな、と警戒して俺はおじさんを睨んだ。
「……そうか」
おじさんは難しい顔で暫らく黙り込んだあと、「祖母はほかになにか云っていないか?」と聞いてきた。
春子さんはおじさんの性格が心配で成仏しきれないでいるらしい。しかも孫が生まれても還暦を過ぎてもおじさんは一向に魂を成長させない。それどころかますます頑固になっていくので、いたしかたなく荒療治にでたという。
「今回の件で改心しないんなら、おじさんを連れてあの世に還るつもりだって」
「それってどういうことなんだ?」
美濃が恐る恐る聞いてくる。俺は自分の喉に触れて「ここ」って、おじさんに教えてあげた。
「おじさん、いちど首のあたりを検査したほうがいいよ。そこがすごく濁ってるんだ。おばあちゃんは発言に気をつけなさいって云ってる」
おじさんはしばらく沈黙した。
「そうか……、わかった。俺もまだ未熟だったということだな。しっかり考えてみるわ。そして残りの人生、俺は心を入れかえて生きていくことにする」
「いろいろ悪かったな、坊主」
「いや、坊主はおじさんじゃん」
云い返して、おじさんにムッとされてしまう。慌ててこっちにやって来た美濃に俺はまた口を塞がれてしまった。
「もうっ、先生、放してよっ」
「発言を気をつけないといけないのはお前もだ、藤守。云い方をもう少し考えろよ、なっ? これ以上、先生をハラハラさせないでくれ、頼むよ」
ペコペコおじさんに頭を下げた美濃が、
「ほんとになんでお前はそんなに口がまわるんだ⁉」
と、文句を云いながら俺の両脇に手を突っ込んでズルズルと引き摺っていく。哲也くんのベッドまで戻ってくると、あっと俺は思い出した。
「おじさん、云っとくけどね、昨日の相手はね哲也くんじゃないからねっ! あれは幽霊のせいなんだからっ。ゆうくんって云って、色情霊? なのかな? で、ちょっと見境ないんだよ。だから俺はなにも悪くない!」
(……はず? だよね?)
「そうだったのか。それはすまなかったな」
「俺だけじゃなくて、ちゃんと哲也くんにも謝って!」
「わかった」
おじさんはこちらのベッドに向き直ると、「哲也くん、すまない」と眠る哲也くんに頭をさげた。
胸がすっきりする。
「ついでに、美濃先生にも!」
「えっ、いや、俺には――」
おじさんは狼狽える美濃にもきちんと頭をさげ、謝罪した。
(ふふふふふ。気分いいや♡)
俺がにんまりするのに気づいたおじさんが「うぬぅ」と歯噛みする。とってもくやしそうだ。
おじさんは当分のあいだはまだまだおじさんのままなのかもしれない。でも春子さんは納得したらしい。彼女は満足そうに微笑んでいた。
そして孫の決意を見届けて安心したのだろう、たちまち光り輝くと、すっと消えてしまった。もしかして、成仏したのかな? 首をかしげながらおじさんに報告すると、また深く頭を下げたおじさんにお礼を云われた。
「なぁ、『藤守くん』というのか? お前、俺のところで修行してみないか? 学校に通いながらでいい、どうだ? 君にとってとてもいい話のはずだ」
「いや、ぜんぜんよくないよ? おじさんなに考えてんだよ?」
「俺といっしょにさ迷っている霊魂を探して、成仏させてやるんだ。世間のひとに感謝されるし、徳も積める。そしたらな、藤守くんも良い天国にいくことができるんだぞ」
天国だって? ちょっと気が遠くなっちゃったよ。そりゃ将来どっちに行きたいって聞かれたら、地獄よりも天国だけどさ。でも俺まだぴちぴちの十七才なのに、もうそんな先の話をされても……。
「ちなみにその良い天国って、ホモでも行けるの?」
「駄目だ駄目だ駄目だ。男色はいかんぞ!」
そうなんだ、ガーン……。
おばさんが出ていった出入口を、呆然と眺めたままおじさんが呟いた。
「自分が絶対に正解だって思ってて、他人をそのとおりにさせようってすることだよ。おじさんの説法は正しいのかもしれないけど、息子さんの話のほうが相手の程度にあわせたものなんだ。だから相手の心に響くんだって。……そっか、おじさんのお話は馬の耳に念仏なんだね!」
「――っ⁉ なにを――」
「あとね、お寺の経営はおばさんに任せたほうがいいってさ。息子さんのほうが檀家さんに人気があるんだよ。お嫁さんもしっかり息子さんをサポートできている。おばさんはちゃーんと全部わかっていて、おじさんを引退させたんだ」
「なっ⁉」
「おじさんはもう除霊仕事? だけしておいたらいいんじゃない? あんな厄介なヤツらが逃げ出すほど嫌われてるなんて、その才能、せっかくだから利用しなきゃ」
「なにをまるで見てきたような口ぶりでっ、お前はっ――」
「だって、春子? っておばあちゃんがそこでそう云ってるんだもん」
俺は廊下を指差した。そこには白髪お団子ヘアの着物を着たおばあちゃん幽霊が立っている。
「お前のような愚か者は一度頭をぶつけないとわからない、だから岩を落としてやったわ、わはははは~って」
腰に手をあて高笑いするちいさなおばあちゃんに、やんややんやとまわりの幽霊たちが拍手していた。
「春子って、そりゃ俺のばぁちゃんだ。お前、霊が見えるのか?」
「見えるし、聞こえる」
嘘じゃないからな、と警戒して俺はおじさんを睨んだ。
「……そうか」
おじさんは難しい顔で暫らく黙り込んだあと、「祖母はほかになにか云っていないか?」と聞いてきた。
春子さんはおじさんの性格が心配で成仏しきれないでいるらしい。しかも孫が生まれても還暦を過ぎてもおじさんは一向に魂を成長させない。それどころかますます頑固になっていくので、いたしかたなく荒療治にでたという。
「今回の件で改心しないんなら、おじさんを連れてあの世に還るつもりだって」
「それってどういうことなんだ?」
美濃が恐る恐る聞いてくる。俺は自分の喉に触れて「ここ」って、おじさんに教えてあげた。
「おじさん、いちど首のあたりを検査したほうがいいよ。そこがすごく濁ってるんだ。おばあちゃんは発言に気をつけなさいって云ってる」
おじさんはしばらく沈黙した。
「そうか……、わかった。俺もまだ未熟だったということだな。しっかり考えてみるわ。そして残りの人生、俺は心を入れかえて生きていくことにする」
「いろいろ悪かったな、坊主」
「いや、坊主はおじさんじゃん」
云い返して、おじさんにムッとされてしまう。慌ててこっちにやって来た美濃に俺はまた口を塞がれてしまった。
「もうっ、先生、放してよっ」
「発言を気をつけないといけないのはお前もだ、藤守。云い方をもう少し考えろよ、なっ? これ以上、先生をハラハラさせないでくれ、頼むよ」
ペコペコおじさんに頭を下げた美濃が、
「ほんとになんでお前はそんなに口がまわるんだ⁉」
と、文句を云いながら俺の両脇に手を突っ込んでズルズルと引き摺っていく。哲也くんのベッドまで戻ってくると、あっと俺は思い出した。
「おじさん、云っとくけどね、昨日の相手はね哲也くんじゃないからねっ! あれは幽霊のせいなんだからっ。ゆうくんって云って、色情霊? なのかな? で、ちょっと見境ないんだよ。だから俺はなにも悪くない!」
(……はず? だよね?)
「そうだったのか。それはすまなかったな」
「俺だけじゃなくて、ちゃんと哲也くんにも謝って!」
「わかった」
おじさんはこちらのベッドに向き直ると、「哲也くん、すまない」と眠る哲也くんに頭をさげた。
胸がすっきりする。
「ついでに、美濃先生にも!」
「えっ、いや、俺には――」
おじさんは狼狽える美濃にもきちんと頭をさげ、謝罪した。
(ふふふふふ。気分いいや♡)
俺がにんまりするのに気づいたおじさんが「うぬぅ」と歯噛みする。とってもくやしそうだ。
おじさんは当分のあいだはまだまだおじさんのままなのかもしれない。でも春子さんは納得したらしい。彼女は満足そうに微笑んでいた。
そして孫の決意を見届けて安心したのだろう、たちまち光り輝くと、すっと消えてしまった。もしかして、成仏したのかな? 首をかしげながらおじさんに報告すると、また深く頭を下げたおじさんにお礼を云われた。
「なぁ、『藤守くん』というのか? お前、俺のところで修行してみないか? 学校に通いながらでいい、どうだ? 君にとってとてもいい話のはずだ」
「いや、ぜんぜんよくないよ? おじさんなに考えてんだよ?」
「俺といっしょにさ迷っている霊魂を探して、成仏させてやるんだ。世間のひとに感謝されるし、徳も積める。そしたらな、藤守くんも良い天国にいくことができるんだぞ」
天国だって? ちょっと気が遠くなっちゃったよ。そりゃ将来どっちに行きたいって聞かれたら、地獄よりも天国だけどさ。でも俺まだぴちぴちの十七才なのに、もうそんな先の話をされても……。
「ちなみにその良い天国って、ホモでも行けるの?」
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そうなんだ、ガーン……。
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