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27 元気のもと。

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「人体ってすごいんだよ。エッチすると、オキシトシンとかエンドルフィンとかっていう幸せ気分になれるホルモンが体内に分泌されるんだって」

(なるほどなるほど)

 二年になってからいやがらせされるたびに、俺は絶不調で暗鬱に過ごしていた。でも最近は嫌なことがあってもはやく立ちなおることができていたんだ。竹中たちのいやがらせや暴力は日増しにひどくなってきているのに、翌日にはケロッとして病室でプリンなんか食ベていたりしてね。

 それは学校に行かなくてすんでいるってこともあるし、きっと哲也くんやゆうくんや、まぁ美濃もだけど、――いまは俺に構ってくれるひとがいるからなんだと思う。

 そしてこの本によるとなによりも俺をこんなに元気にしているのは、どうやらゆうくんとするエッチが最大の決め手らしい。俺はプラスティックのスプーンを咥えながら、ページをペラリとめくって、ふんふんと頷いた。

 ちなみにこれは階下の売店でみつけた『セックスでハッピー脳になれる』って本だ。
 今や俺のスマホは学校のヤツらのイジメのためのツールになっている。だからかれこれ一年以上は電源をいれてはいない。で、スマホを持っていない俺は、勉強の合間の暇つぶし用に本を買ってきた。

 病院の売店に並んでいる本なんて、大した量もなくほとんどが医学ものだ。俺はいかにもわかりやすくエッチそうな本を選んできた。

「じゃあ俺はゆうくんに感謝しなきゃなぁ。あ、でもゆうくんと出会えたのは哲也くんのお陰?」
 首をかしげて考えた俺は、哲也くんはやっぱり俺の恩人なんだと感謝の気持ちを強くした。
「哲也くん、ありがとうねっ」
 彼の手を握って自分の頬にスリスリこすりつける。
「お礼に絶対センター試験でいい点取れるようにしてあげるからね」

「ふふふふふ。勉強がんばってるのね」
 そう声をかけてきた女性は、隣りのベッドで眠る坊主頭のおじさんの奥さんだ。彼女はちょっとやつれた感じで、しんどそうな表情をしていた。
 
「あっ、プリン食べますか?」
 そうだ、こういうときはプリンだと、俺はいそいそと小さな冷蔵庫からプリンを取りだすと彼女に手渡した。「ありがとう」と受け取ってもらえて、俺はほっとする。

 おじさんの奥さんと会ったのは今日がはじめてだった。ここに居ついている俺が出くわさないくらいなんだから、おばさんがここに顔を出すのはホントに稀なんだろう。おじさんはずっとヘルパーさん任せにされていたんだから。

 坊主頭のおじさんは、じつは本当に坊主だったのだ。家がお寺で、僧侶なんだって。
 しかもけっこう偉いお坊さんなんだとおばさんは教えてくれた。ただおじさんは自分にだけでなく家族にもとてもきびしかったらしく、家族のみんなはうんざりしているらしい。

 ある日滝修行をしていたおじさんは、落ちてきた岩で頭をうって病院に運ばれた。そして手術には成功したらしいんだけども、哲也くんとおなじで目を覚まさないという。
 でもこのおじさんは哲也くんとちがって、もしかして死んじゃうのかもしれないと俺は思っている。彼の霊魂は昨日よりもまた今日、濁りを増して輝きを薄くしていたのだ。

(おじさん、哲也くんが起きるまでは頑張って!)
 美濃に聞かれたらまた不謹慎だと怒られそうだが、それについてはおじさんの家族のほうがひどかった。おばさんはおじさんがいないうちにと、彼を勝手に引退させて寺を息子に継がせたそうだ。

「老いたら子にしたがえって云うでしょ? それなのにこのひとはいつまでもガミガミと息子夫婦に口出しして」
 フンと荒い鼻息をついたおばさんは、おとなしそうな見た目に反してなかなかの強者だ。
 この数日のあいだにバイアフリーのマンションを買ったそうで、すでに寺から夫婦の家財をすべて移しもしたそうだ。それで忙しかったおばさんや息子夫婦たちは、ここへほとんどお見舞いに来ていなかったらしい。

「はぁ、このひとが寝ていてくれて助かったわ。神や仏っているものね」と云いながら、彼女はプリンを口に運んだ。

「まぁ、このまま死ぬか生きるかは、このひとしだい。それこそ神のみぞ知るってやつよ。あ、うちは寺だから仏か?」

(おじさん……、ちょっとかわいそう)

 おばさんが帰っていったあと俺は、
「おじさんっ、起きないと死んじゃうよ。こんな嫌われ者のまま死んでいいの? はやく起きて名誉挽回しなきゃっ」
と、いつもより強くおじさんの脛をバシバシと叩いておいた。

 そしてこの夜。思いがけずしておじさんは目を覚ますことになったのだ。



 
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