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23 俺は哲也くんのところに帰るんだ。

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(ゆうくんウロウロできるんなら、ちょっとアイツらのことらしめてきてくれたらいいのに)

 俺が服を着ているあいだに電話をしていた美濃は、俺がコートまで着終わったのを確認すると、「ここのことも、俺の次の授業のこともほかの先生に任せることにしたから、行くぞ。タクシーもすぐに来る」と云いながら壁ぎわに転がっていた黒いスマホを拾い上げた。それは竹中のだった。

 ロックはちゃんとかかっているのだろうか、と俺はとたんに不安になった。万が一美濃に中を見られて、あの撮られた写真に気づかれたりしたらと思うと心臓がぎゅっとなる。

「先生、それ……」
「ん。俺が預かっておく」
 
 美濃はそれが誰のものかと、もう俺に聞きはしなかった。そしてむやみに操作しようともせずすぐにスーツのジャケットのポケットにしまいこんだのだ。

 さっき美濃は俺を拭いたハンカチをジャケットの内ポケットにしまっていた。ズボンの尻ポケットから出したそれを彼が丁寧にたたんで内ポケットに入れるのを見たとき、俺はちょっと引っかかりを感じていたんだ。

「先生、あの、さっきのハンカチ。俺、洗って返すから貸して?」
「いや、そんなことしなくていいよ。気にすんな」

 さぁ行くぞと、俺を教室の外にうながす美濃には気魄きはくが籠っていた。俺は彼がとんでもないことをするんじゃないかと気が気でなくなり、慌てて彼の懐に飛びついた。ジャケットのなかに手を突っこんでハンカチを奪おうとする。

「あっ、こらっ なにするんだっ」
「ハンカチッ。俺が持って帰るからっ!」
「ばかっ、やめろ。お前怪我してるんだから、おとなしくしないかっ」
「じゃあ、ハンカチ返してっ」
「返してってな、これは俺のだろうが」

 やっぱり美濃とは体格差がありすぎて、両手首を掴まれた俺は簡単にひっぺがされた。それでも返して返してと喚くと、「授業中だ」と云って口を塞がれてしまう。

 その瞬間にあいつらにされたことを思い出してしまった俺は、「うわっ!」と叫んで美濃を突き飛ばすと廊下にしゃがみこんだ。真っ青になって震えだした俺に、美濃もすぐに膝をついて謝りだす。

「わ、悪い。いまのは乱暴だったな。ごめん、もうしないからっ」
「……だったら、ハンカチ」
「これは、ダメだ。……もうウチの生徒だからとか云って庇っていられる事態じゃないんだよ。先生、警察に行くから」

(ほら、やっぱりだ)
 そんなことだろうと思った。美濃はなにもわかってない。コイツは俺が強姦でもされたと思ってるんだろうけど、今日のは未遂だ。ハンカチはそんなことの証拠にはならない。だってついている体液は俺のなんだもん。

(そんなの警察のひとに俺が変態って思われるだけじゃん。しかもそれが世間に知られたら……)

「……俺、お嫁に行けなくなるだろ」
 ぽそりと呟くと、美濃は「藤守、かわいそうに。お前錯乱してるんだな」と眉をひそめた。写真だって警察に持っていかれたら、世の中に知れ渡ったりする可能性がでてくるんだ。

「そのスマホも俺に渡して。じゃなかったら、もういい」
 やっぱり美濃は俺の云ったことを聞いてはくれなかった。すまなそうにはしていたが、毅然とした態度に彼はもう決めてしまったんだと落胆する。じゃあ、もう本当にいい。俺は知らないから。

 立ちあがって走りだした俺を美濃は追いかけてきた。

「もうっ、放せってっ! ほっとけよ!」

 またもや簡単に捕まってしまった。

「どこに行くんだ? 家に帰るなら送っていくって云ってるだろ?」
「家になんて帰らない! 学校にも一生こないっ! 先生の顔も一生見ない!」
「家に帰らないって、じゃあ…… まさか⁉ 藤守、お前もしかして……。いいか絶対はやまるなよ⁉」
「病院に行くんだよ! だって弁当置いてきてるんだからっ。俺の夕飯!」
「はぁ? 弁当って……いや、だって、お前ケガもしてるし、親にも俺から報告したほうがいいし」

 俺はギッと上目づかいに美濃を睨みつけた。そして、涙に潤んだ瞳と声で訴えた。

「親にも警察にも絶対に云うな。もしバラしたら、俺、…………はやまってやるっ」

 やはりコイツにはコレがいちばん効くんだ。案の定、美濃はイチコロだった。かくして俺は美濃にタクシーに乗せてもらい、哲也くんの眠る病室に戻ることができたのだ。

 
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