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14 玉子焼き。

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 オレンジ色に光る間接照明だけの薄ぐらい室内で、カチカチと時計の秒針の音が響く。時刻はちょうど二時だ。
 
(あぁ、丑三つ時じゃないか)
 一日のなかでも一番幽霊の活性化する時間帯だ。俺は嫌な時間に目が覚めてしまったと、ほぞを噛んだ。案の定、瞼を閉じるとナニかの気配を感じる。

(いつものヤツかな?)
 まぁ、姿が見えないので俺にはこの五日のあいだにやってきている幽霊が同じやつなのか、そうでないのかはわからないのだけど。

(でも、なんかこれは悪い気はしないな……、むしろ……)
 熱とだるさで心細くなっているからだろうか、俺はその気配があることで、とても安心している自分に気がついた。

 部屋の空気はとても冷たいが、羽毛布団と熱のおかげで身体はほかほかだ。俺は枕を手繰り寄せて抱きしめると、かけ布団をひきあげて頭のさきまですっぽり潜ってみた。目を瞑るとまるで哲也くんといっしょに眠る病院のベッドのなかみたいだ。

(はやく朝にならないかな。はやく哲也くんに会いに行きたい……)

 しかし翌日も熱はなかなかひかず、俺がびっしょりと寝汗をかいてすっきりと目を覚ますことができたのは、二日後の夜ことだった。



***


 
 布団のなか、俺は高熱にうんうんうなされながらいろいろ考えた。
 ゲイで、しかもいつか恋人にお尻に入れてもらいたいと思う俺が目指さないといけないのは、おそらく、お嫁さんのポジションだ。

 そのためにも掃除、洗濯、料理ぐらいはできるようになっていなければならないだろうと。
 もしかしてうまくいけば大学で素敵な男性に巡りあい、ハートフルなキャンパスライフを送ることができるかもしれない。そうとなれば特訓だ。

 元気になった俺は午前中から三日ぶりの風呂に入ってさっぱりすると、キッチンに立てこもった。
 「とっくん、とっくん」と鼻歌を歌いながらボウルのなかの卵をシャカシャカこ気味よくかき混ぜる。卵焼き用のフライパンにひいた油に熱が通ったころを見計らい、卵を流しいれるとじゅうっと卵の焼けるいい音がした。とたんにキッチンに甘い匂いが漂いはじめる。

就一しゅういちぃ。今日一日くらいおとなしくしていたらどうなのよ? また風邪がぶり返してもしらないわよ?」
「だいじょうぶ、だいじょうぶ。だいたいセンター試験まで一カ月しかないんだよ? いまがんばらないでいつがんばるんだよ?」
「あんた、なんのために私学専願受験したの……?」
 
 母は意味ないじゃん、とぼやいていたが、俺にとってはすでに受験が終わっていることにはじゅうぶん意味があった。
 時間があるから哲也くんのお見舞いに行けるんだし、最悪最低だった高校生活の最後の最後に友だちとたのしい時間を過ごすことができているんだ。まぁ、友だちっていっても、俺の一方通行だけどさ。

(哲也くんにはセンター試験までには起きてもらわないといけないけど、でも、それまでは俺の親友ってことで)

「友だちの役に立ててよかったと思ってるよ? もう学校もそんなに行くつもりないし、家のこともできるだけ手伝うから、お母さんもラクにしてね」
「……あんた、いい子ね。うぅっ、泣かせないでよぉ」

 手近にあった台拭きで涙を拭った母が、そういえば、と話を変えた。

「あんたが寝ているあいだに何度が電話があったのよ。田中くんって子から」
「……ふぅん」

 もちろん俺に田中くんなんて知りあいはいない。家にまで電話をかけてくるなんて、どこまで嫌がらせに手間かけてんだ、あいつらは。卵をひっくりかえす手が、重くなる。あぁっ、せっかくきれいに巻けていたのに、やぶれちゃったじゃないか。クッソ。

「藤守くんに連絡とりたいのに、学校に来ないしスマホも持ってないし困ってるって云ってたわよ? なんで携帯使わないのよ? 就一が買ってっていうから買ってあげたのに、ぜんぜん使わないなんてもったいない」
「大学入ったらまた使うよ。それより、そいつほかになんか云ってた?」
「このあいだ撮った写真を渡したいんだって。いらないんだったらほかのだれかにあげるからって言ってたわ。月曜日の五限終わるころに教室にとりに来てほしいって」
「……ふぅん」
「メールかLINE教えてあげたら? スマホに送ってもらったらいいじゃない?」
「うん。そうする……お母さん、そこ邪魔。どいて」

 焼きあがった卵焼きをまな板のうえに乗せると、ほわほわと湯気がたった。これを冷ましているあいだに、あとはウィンナーを焼いて……、弁当箱にはほかになにをいれようかな。


 
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