殺人鬼アダムと狂人都市

ウツロ

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四章 アンノウン

35話 ケモノのからだ

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 ――エモノは近い。
 毛の一本一本が、静電気をおびたようにケバ立つ。
 姿は見えずとも、全身が異物を感じとっている。

 獣の感覚とはこのようなものか。
 耳はあふれる機械の駆動音から息づかいを聞き分け、目は闇の中に溶け込んだ輪郭を浮かび上がらせる。
 足裏に伝わるのは振動、エモノの歩くさまを確実にとらえる。

 跳躍する。
 軽い。これだけの巨体にもかかわらず、床はみるみる遠ざかっていく。

 ミシリと音をたてて鉄柵がゆがんだ。
 軽く足をのせたのは、ジェットコースターを囲うフェンス。いかに鉄製といえどこの体重を支えるほどの強度はないのだろう。
 しかし、それでかまわない。私の体はすでに二度目の跳躍を終え、コースターのレールへと飛び移っていたから。

 エモノはどこだ?
 ――いた。遊覧船の座席のすきま、銃をにぎりしめて息をひそめる男がみえた。
 隠れているつもりだろうが上からは丸見えだ。短い跳躍を数度くりかえして地面におりると、男の背後に忍び寄る。

 遊覧船が大きく揺れた。わたしが船のへりへと飛び乗ったからだ。
 驚いた男が振り向こうとする。
 だが、おそい。その頭を軽くなでてやると、れたザクロのように破裂した。

 弱い。弱すぎる。
 これじゃあダメだ。ぜんぜん物足りない。


 そのとき獣の雄たけびが聞こえた。
 ほかの誰かがエモノを狩った勝鬨かちどきか。
 向こうを狙えばよかったか?
 まあいい。狂人など今のわたしにとってはドブネズミにも等しい。
 どこかに思う存分、力をふるえる相手はいないのか。

 ――そうだ。ネズミだ。
 シュタイナーを乗っ取り、わたしから銃とイザベラ(体)を奪ったアイツ。
 あのネズミの王なら私を満足させてくれるかもしれない。

 誰もジャマするなよと一声あげると、パペットシアターに向けて駆けだした。




――――――




 グシャリとネズミを踏み潰す。黒い絨毯に血の花が咲く。
 歯向かうものなどいやしない。逃げ惑う小さきものどもを追いかけ、爪をふるう。

「ギィー、ギィー、ギィー」

 不快な鳴き声も、いまは心地よい。
 きりさき、噛みつき、血肉をすする。

 お前たちの親玉はどこだ? スンスンとにおいをかぐと、獣くささの中に人工じんこうのかおりを見つけた。
 香水だ。イザベラにちがいない。

 より匂いの濃い方へとすすんでいく。
 そうして、たどりついたのはパペットシアター。どうやらねぐらは以前と変わらないようだ。

 ロビーの真ん中には落ちたままのシャンデリアがある。
 その先には少し開いた扉があり、隙間から幾本かのワイヤーが見えた。
 相変わらずか。工夫がないな。

 しゃらくせえ。シャンデリアを殴りつける。
 フレームだけとはいえ百キロはくだらない。しかし、シャンデリアは勢いよく床をすべり、扉へ衝突した。


 おジャマするよ。
 外れてしまった戸口からシアター内部へとあゆみ入る。

 ターン!
 響く銃声。シャンデリアのフレームが火花を散らす。

 おそい。おそい。
 すでに横に跳ねていた私は、つづいて放たれる弾丸をかわしながら、弾のでどころをさぐる。
 ――あそこだ。三階の客席。

 跳躍。そして、跳躍。
 あれよという間に三階へと到達すると、カービン銃をもった女の姿をとらえた。

 イザベラ~、いや被検体7723だったか?
 その体はわたしが借りたんだ、返してもらうぞ。もちろん利子をつけて。

 イスを蹴散らし距離をつめる。床がめくれてボルトが舞う。
 被検体7723が背を見せた。逃げる気だ。
 だが、逃がさない。時間も体もゆずらない。
 ヤツが一歩をふみだすより早く、その足元をかるく手でさらった。
 まるでオモチャように宙を舞う被検体7723。そして、背中から落ちるとゴボリと血を吐きだした。

「ナゼ、オレを……」

 息もたえだえ、言葉をしぼりだしている。
 なぜって?
 そうか、わたしが誰だかわからないか。
 だが、それでかまわない。わたしが捕食者で、オマエが被捕食者だからだ。理由なんてそれでいい。
 ヤツの胸の上に前足を乗せると、ゆっくりと体重をかけていった。


 この程度か。あっけない。
 心臓がつぶれてしまった被検体7723に背をむけ、下り階段へとむかう。
 途中、ふと、床に転がる手りゅう弾が目に入った。
 わたしが持っていたものだな。用途がわからなかったのだろうか、それとも、すぐに投げられるよう転がしていたのか。

 下り階段の先を覗く。
 机やら椅子やらがバリケードのように積まれているのがわかった。
 なるほど、これで足止めして手りゅう弾を使う手もあったのか。
 すまないな、階段から来なくて。


 さて、イザベラ。ちゃんと体を取り戻したぞ。
 ちょいと傷んでしまったが、いつでも取りに来てかまわないからな。

 ホールに向かって身を投げる。
 三階からの飛び降り。人の体ならタダではすまない。しかし、この体なら何の問題もない。

 ひらりと地面に着地すると入ってきた扉へと向かった。
 つぎに目指すは始まりの地。
 このまま獣の体で過ごすのも悪くないのではないか、そんな考えがチラリと頭をよぎった。
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