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三章 B.J・シュタイナー
27話 たびだち
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一瞬、視界のすみに何かがうつった。
銃を構えるも、その何かは空調設備と思われる小さな穴に、すばやく姿を消してしまう。
あれは……
そうか。まあ、よい。いまはこちらが優先だ。
隠れた何かに背を向けると、通路を進みながら考える。ノラスコのこと、残った二人のこと。
私の見立てでは、ノラスコの単独行動だ。
数は力、わざわざ有利な立場を捨てて、おのれ一人で狙うなど不自然だからだ。
おそらく他の二人に知られたくない何かがあったのだろう。
むろん、人食いのことではない。
死体の貯蔵は三人が共有している秘密であろう。これだけ大掛かりなのは一人ではありえない。冷蔵施設があれば、そこに凍らせている可能性もある。
……ベン・カフスマンか。
私がヤツの名前をだしたからだ。
ノラスコは最後に「悪いな。先生」と言っていた。
注目すべきは、この「先生」という言葉だろう。
一般的に先生と呼ばれる職業はいくつかある。たとえば医者、教師、政治家、そして、学者だ。
B.J・シュタイナーは学者だ。ネズミを研究する学者。それを知っていたと考えれば納得がいく。
顔見知りだった? いや、違う。
ノラスコはたぶん政府関係者だ。ベン・カフスマンも同様だろう。
それならば、実験をおこなっていたB.J・シュタイナーを知っていても不思議ではない。
狂人化ウィルスを生み出したベン・カフスマン、ウィルスに迅速に対応した政府、そして、ノラスコ。これら三者が繋がっていたと仮定するのが一番しっくりくるのだ。
と、ここまで考えをまとめたところで、警備室へと辿り着いた。
今の私はノラスコだが、何がおこるか分からない。気をひきしめておかねば。
「お、帰ってきたか、おつかれさん。ん? 彼はどうした?」
問いかけてきたのはジョシュアだ。やはり、このくちぶりだと今回の出来事には関わってないとみえる。
「ああ、トイレにいったよ」
「そうか」
これでサイコダイブの準備はととのった。いつでも乗っ取りが可能だが、私の仮説があっているか確認したくもある。さて、それとなく、ふってみるか。
「なあ、ジョシュア。彼と彼の仲間は私たちを受け入れてくれるだろうか?」
「どうしてだ?」
質問に質問で返された。死体の貯蔵について語ってほしかったんだが、どうもコイツは痒い所に手が届かない。
「食事のことじゃないかな? 僕らが、その、食べてる」
ダンが口をはさんできた。これで彼もシロだと分かる。
「いや、心配ないさ。彼の姿を見ただろう。誰だってこんな世界じゃ、きれいごとでは生きていけない。少なからず人には言えないことも、やってきたと思うがね」
食料にかんしては正解か。
「そうだな」とジョシュアに返すと、彼のショットガンに目を向ける。
銃を選ぶか、スペアに残すか。
考えること数秒、そのときジョシュアが、おや? という顔を浮かべた。
「……そういえば彼、ちょっと遅くないか?」
そっちかよ。まあいい。
「便秘か方向音痴だろう。様子をみてくる」
腰を浮かせかけたジョシュアを手でとめると、私はふたたび通路へと戻った。
しばらく歩き、警備室から十分距離をとる。
これからするのは聞かれたくない話だ。ジョシュアらがあとをつけていないことを確認すると、軽く声をはる。
「シュタイナー、取引しないか?」
カサリと小さな音がした。私は続けて呼びかける。
「ここには二人、人間がいる。好きな方を選べ、乗り移りに協力してやる」
ダクトの隙間から白い小さな生き物が顔をのぞかせた。
ネズミだ。中身はB・J.シュタイナー、彼はずっと私の後をつけていたのであろう。
「見返りはワクチンだ。ここで抗狂人化薬を作っていた可能性がある。もし見つけたら分けてもらいたい」
――――――
「ほんとうに行くんだ」
不安そうな顔で問いかけるダンに「ああ」と答えると、荷物をいれたカバンを背負う。
彼の心はいま、怯えと疑念でいっぱいだろう。なにせ姿かたちは同じでも、別人としか思えないほど中身が変わってしまった二人に挟まれているのだ。
シュタイナーは私の提案に乗った。そして彼が乗り移りに選んだのはジョシュアだった。
私はノラスコに、シュタイナーはジョシュアに成り代わる。これまで三人で過ごしてきたんだ、サイコダイブのことなどまるで知らないダンだが、不審に思わないハズがない。
しかし彼には、それを問いただす勇気も、つきとめようとする行動力もないだろう。
これから私は別の区画へ向かう。都市の脱出経路をみつけだすためだ。
ここに戻ってくるつもりなどない。ワクチンはあくまで保険にしかすぎない。
他人の成果に期待するほど私は愚かではない。
はたして人の体を取り戻したシュタイナーはどう行動するだろうか?
ここでおとなしくワクチンを探すだろうか、それとも私同様脱出を試みるだろうか。
ふふ、ダンにとっては八方塞りだな。
仮にシュタイナーがワクチンの探索、あるいは研究を選んだとしても、彼の命が保障されるハズもない。むしろ身の安全のためシュタイナーに始末される可能性の方が高いのだ。
脱出を選んだ場合もたいして変わらない。
彼の体は単なるスペアであり、それ以上でもそれ以下でもないのだから。
ちらりとシュタイナーへと目を向けた。
彼は無言のままこちらを見つめ続けている。
どうやら見送りの言葉はないらしい。
だが、それでいい。サイコダイバーにとって言葉とは銃だ。不用意に銃口を向ける者より、よほど信用できるというものだ。
……ショットガンだけは心残りだけどな。
銃を構えるも、その何かは空調設備と思われる小さな穴に、すばやく姿を消してしまう。
あれは……
そうか。まあ、よい。いまはこちらが優先だ。
隠れた何かに背を向けると、通路を進みながら考える。ノラスコのこと、残った二人のこと。
私の見立てでは、ノラスコの単独行動だ。
数は力、わざわざ有利な立場を捨てて、おのれ一人で狙うなど不自然だからだ。
おそらく他の二人に知られたくない何かがあったのだろう。
むろん、人食いのことではない。
死体の貯蔵は三人が共有している秘密であろう。これだけ大掛かりなのは一人ではありえない。冷蔵施設があれば、そこに凍らせている可能性もある。
……ベン・カフスマンか。
私がヤツの名前をだしたからだ。
ノラスコは最後に「悪いな。先生」と言っていた。
注目すべきは、この「先生」という言葉だろう。
一般的に先生と呼ばれる職業はいくつかある。たとえば医者、教師、政治家、そして、学者だ。
B.J・シュタイナーは学者だ。ネズミを研究する学者。それを知っていたと考えれば納得がいく。
顔見知りだった? いや、違う。
ノラスコはたぶん政府関係者だ。ベン・カフスマンも同様だろう。
それならば、実験をおこなっていたB.J・シュタイナーを知っていても不思議ではない。
狂人化ウィルスを生み出したベン・カフスマン、ウィルスに迅速に対応した政府、そして、ノラスコ。これら三者が繋がっていたと仮定するのが一番しっくりくるのだ。
と、ここまで考えをまとめたところで、警備室へと辿り着いた。
今の私はノラスコだが、何がおこるか分からない。気をひきしめておかねば。
「お、帰ってきたか、おつかれさん。ん? 彼はどうした?」
問いかけてきたのはジョシュアだ。やはり、このくちぶりだと今回の出来事には関わってないとみえる。
「ああ、トイレにいったよ」
「そうか」
これでサイコダイブの準備はととのった。いつでも乗っ取りが可能だが、私の仮説があっているか確認したくもある。さて、それとなく、ふってみるか。
「なあ、ジョシュア。彼と彼の仲間は私たちを受け入れてくれるだろうか?」
「どうしてだ?」
質問に質問で返された。死体の貯蔵について語ってほしかったんだが、どうもコイツは痒い所に手が届かない。
「食事のことじゃないかな? 僕らが、その、食べてる」
ダンが口をはさんできた。これで彼もシロだと分かる。
「いや、心配ないさ。彼の姿を見ただろう。誰だってこんな世界じゃ、きれいごとでは生きていけない。少なからず人には言えないことも、やってきたと思うがね」
食料にかんしては正解か。
「そうだな」とジョシュアに返すと、彼のショットガンに目を向ける。
銃を選ぶか、スペアに残すか。
考えること数秒、そのときジョシュアが、おや? という顔を浮かべた。
「……そういえば彼、ちょっと遅くないか?」
そっちかよ。まあいい。
「便秘か方向音痴だろう。様子をみてくる」
腰を浮かせかけたジョシュアを手でとめると、私はふたたび通路へと戻った。
しばらく歩き、警備室から十分距離をとる。
これからするのは聞かれたくない話だ。ジョシュアらがあとをつけていないことを確認すると、軽く声をはる。
「シュタイナー、取引しないか?」
カサリと小さな音がした。私は続けて呼びかける。
「ここには二人、人間がいる。好きな方を選べ、乗り移りに協力してやる」
ダクトの隙間から白い小さな生き物が顔をのぞかせた。
ネズミだ。中身はB・J.シュタイナー、彼はずっと私の後をつけていたのであろう。
「見返りはワクチンだ。ここで抗狂人化薬を作っていた可能性がある。もし見つけたら分けてもらいたい」
――――――
「ほんとうに行くんだ」
不安そうな顔で問いかけるダンに「ああ」と答えると、荷物をいれたカバンを背負う。
彼の心はいま、怯えと疑念でいっぱいだろう。なにせ姿かたちは同じでも、別人としか思えないほど中身が変わってしまった二人に挟まれているのだ。
シュタイナーは私の提案に乗った。そして彼が乗り移りに選んだのはジョシュアだった。
私はノラスコに、シュタイナーはジョシュアに成り代わる。これまで三人で過ごしてきたんだ、サイコダイブのことなどまるで知らないダンだが、不審に思わないハズがない。
しかし彼には、それを問いただす勇気も、つきとめようとする行動力もないだろう。
これから私は別の区画へ向かう。都市の脱出経路をみつけだすためだ。
ここに戻ってくるつもりなどない。ワクチンはあくまで保険にしかすぎない。
他人の成果に期待するほど私は愚かではない。
はたして人の体を取り戻したシュタイナーはどう行動するだろうか?
ここでおとなしくワクチンを探すだろうか、それとも私同様脱出を試みるだろうか。
ふふ、ダンにとっては八方塞りだな。
仮にシュタイナーがワクチンの探索、あるいは研究を選んだとしても、彼の命が保障されるハズもない。むしろ身の安全のためシュタイナーに始末される可能性の方が高いのだ。
脱出を選んだ場合もたいして変わらない。
彼の体は単なるスペアであり、それ以上でもそれ以下でもないのだから。
ちらりとシュタイナーへと目を向けた。
彼は無言のままこちらを見つめ続けている。
どうやら見送りの言葉はないらしい。
だが、それでいい。サイコダイバーにとって言葉とは銃だ。不用意に銃口を向ける者より、よほど信用できるというものだ。
……ショットガンだけは心残りだけどな。
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