殺人鬼アダムと狂人都市

ウツロ

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三章 B.J・シュタイナー

24話 吊るす理由

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 ベン・カフスマンを知っているというダンに、どこでその名を知ったか尋ねてみた。

「えっと、たしか……あ、でも、勘違いかも」

 なんとも歯切れが悪い。
 会話には加わりたいが、決断は苦手。責任を負うのを避けるタイプとみえる。

「間違っていても構わない。真偽はあとで確かめればよい。とにかく話してくれ」
「う、うん」

 この手の人間には逃げ道を用意してやることだ。最終決定者が自分でないと知れば安心する。
 
「たしか、病院の運営に関わっていたと思う。どこかの資料で名前をみたよ」

 やはりそうか。これでヤツがウィルスないし、そのワクチンに関わっている可能性が高まった。

「医者か?」
「わからない。けど、知るかぎりそんな名前の医者はいなかったよ。ほかの従業員にも」

 医師ではないか。まあ、ワクチンを開発するにあたって、本人がたずさわる必要はないからな。指示をする側に身をおけばよいだけだ。

「その、ベン・カフスマンてのは何なんだ?」
「そうだな、まだよく分かっていない。だが、街がこうなってしまった一因がヤツにあると踏んでいる」

 別に隠すことではない。ジョシュアの問いにそう返すと、ベンのおこないについて軽く説明した。もちろん、サイコダイブに関するもの以外だが。

「……あんた、政府の人間か?」
「違う、それぐらいこれまでの会話で分かるだろう。俺はただ生き残りたいだけだ。そのタメには情報がいる」

 ジョシュアは腕を組み、なにやら思案し始めた。
 もう、いいかね? そろそろ首吊りの話をしてもらいたいんだが。



――――――



 ジョシュアの話は長かった。
 要は街が狂人であふれ、病院にたてこもったあと、死体が動きだしたのだとか。
 ただ、死体が動くといっても、いわゆるゾンビではない。
 動いたかと思えば急に動かなくなり、動かなくなったと思えば近くにあった別の死体が動き出したりと、まるで何者かが体を操りながら、死者の間を渡り歩いているようだったと。

 ふ~む。そういえばここに来る前、似たような現象に遭遇していた。
 託児所でのことだ。確かに死んだはずの者が歩き、エマージェンシーボタンを押した。
 もしかしたら、あれと同種のものかもしれない。

 ただ違うのは、ここでは動く死体が狂人と同じく他者を襲ったことだ。
 明確な殺意。
 襲われたジョシュアたちは成す術なく殺られていき、けっきょく残ったのはジョシュア、ノラスコ、ダンの三人だけ。
 だが、そうして仲間が殺される一方で、ジョシュアたちは反撃の糸口を見つけたのだという。
 操縦者の殺害方法だ。
 方法はいたってシンプル。他に乗り移られる前に、操られている死者を殺してしまうこと。
 死者を殺すなどと矛盾もはなはだしいが、脳を破壊、あるいは全身を串刺しなど、肉体に相応のダメージを与えれば、操縦者も消滅するのだとか。

 なるほど、それで吊るしたのか。
 吊られた死体は乗り移られた瞬間、揺れ動く。そこを狙えばいい。
 ジョシュアたちは乗り移り対象をなくすのではなく、相手の動きを制限しつつ倒す道を選んだのだ。
 面白い。危険を遠ざけるのではなく利用する。ジョシュアってのはなかなかのタマだな。
 それでこそ乗っ取り甲斐があるというものだ。
 
「で、これからどうする? アンタの仲間とやらはいつ合流する?」

 私の仲間? ジョシュアの問いかけに一瞬かたまる。
 ああ、そういえばそんな設定だったな。話が長すぎて忘れていたよ。

「今からアジトへ行ってみるか? だが、ここの方が安全かもしれんぞ」

 そんなものはないけどな。
 さて、どう答えるかね? 私としてはどちらでもかまわない。
 行くと言った瞬間、君がジョシュアでなくなるだけだ。

「……いや、いい。これまでやってきたんだ。いまさら焦ったところで大差ない。それよりアンタの服、汚なすぎる。ノラスコ! 彼を着替えに連れていってくれ。好きな服を選んでもらっていい」

 はは、着替えか。それこそ、いまさらだな。これから捨ててしまう器の、そのまた外側など替えたところで意味はない。
 まあ、いいさ。ついでに院内の見学でもさせてもらうとするか。



 ノラスコに連れられて通路を進んでいく。
 道幅は三メートル弱と広く、壁、床とも樹脂のような弾力性のある素材で覆われている。
 ゴミはあまり落ちていない。
 血痕と思われるシミはいくつかあれど、障害物となるようなものはなく、唯一あるのが端に置かれたストレッチャーだけだ。
 ストレッチャーは一台だけではない。荷物を載せたものが何台か、ポツリ、ポツリと離れて放置されている。
 おそらく、緊急時にすばやく逃げられるよう進路は確保しつつも、追ってくる者を足止めできるようワザと置いているのだ。
 ストレッチャーは可動式。縦におけば邪魔にならず、横にまわせば通路を塞ぐバリケードと化す。

 十字路を右に曲がる。
 ここまで通路には、いくつも扉がついていた。
 しかし、中は確認できていない。
 数字が印字されたプレートがついていることから中は病室と思われるものの、開きもしなければ窓もない。上部に監視モニターらしきものはあれど、映し出すのは覗き込んだ自分の顔だけだ。

「あそこだ」

 ノラスコの示す先には開いたままの扉があった。
 ここから内部は見えないが、おそらく部屋になっていると思われる。
 しかし、やけに薄暗い。それに何かが、いる。
 天井からさす蛍光灯の光がチカチカと点滅を繰り返し、そのたび細長い影を何度も浮かびあがらせるのだ。

「どうした? 遠慮してんのか?」

 立ち止まったまま、扉の向こうを指差し続けるノラスコ。
 一人で着替えてこい、との意味だろう。
 しかし、あまり気は進まないな。ワナの懸念がぬぐえない。

 あらためてノラスコの全身を眺める。
 グレーのズボンに青と白のストライプ縞模のコート。
 浅黒い肌に、短く刈り込んだ髪、口とあごを覆う無精髭が妙に目をひく。
 ここに連れられるまで、ノラスコの発する言葉は少なかった。
 見た目から勝手に、陽気なブエルトリコ人との印象を抱いていたが、意外に寡黙かもくなのだろうか。
 いま彼の表情から読み取れるのは、緊張と警戒、恐れと虚勢きょせい、か?

 虚勢……くだらん感情だな。
 私がどうぞお先に、と手でうながすと、ノラスコは苦笑いを浮かべて部屋の中へと入っていった。

 
 部屋の中にあったのは数本の点滴台だった。どうやら細長い影の正体はこれだったようだ。
 周囲を見渡す。
 壁一面をうめるのは、天井までつづく大きな棚。
 また、棚には様々な色のたたまれた布が、きれいに積まれている。
 順番に手にとってみる。
 白のシーツに白の枕カバー、青のタオルに黄色のタオル、グレーのズボンに水色のシャツ。
 なるほど、リネン室か。
 よく見れば、ノラスコたちが着ている青と白のストライプ模様のコートもある。

「いいだろ? Dr白衣さ」

 白衣かよ。あまり目にやさしい柄ではなさそうだが。
 しかし、デザインはさておき、これだけあれば着がえに困ることはなさそうだ。
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